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第八話 黄銅院

 ここしばらく晴れが続いていた。蝉の鳴き声が盛況になりつつある今日このごろ。僕はあいも変わらず殴られ、叩かれ、蹴散らされていた。

 コウギの動きは大分つかめてきた。にも関わらず攻撃はコウギの髪の毛にすらかすらない。

 確かに最初は遠慮していた。普通の人間を全力で木刀で殴れば大怪我をさせてしまい、下手をすれば相手が死ぬことだってある。だがコウギの実力が、僕とは遥かに掛け離れた先にあることを体で理解するにつれ、攻撃から遠慮の二文字は消えていった。

 間合いは当然僕のほうが有利。木刀と素手では三倍近い差がある。それをコウギは最小限の足捌きと円運動でかわし、おまけとばかりに僕に痛烈な一撃を加え距離を置く。

 ヒットアンドアウェイなどという生易しい攻撃ではない。腰の乗っていない打撃にもかかわらず、それこそ一撃一撃が意識を刈り取られるほどの威力を持っていた。

 かれこれ四日。

 コウギの涼しげな表情を崩すにはいたっていなかった。



「ちょっと休憩だ」

 それを聞いて足から力が抜けその場にへたり込む。

「なんだ、情けない。そんな調子では竜刀は永遠に使いこなせないぞ」

「そんなこと言ったって、おっさん強すぎ」

「ふん、」コウギは見下すように僕のほうを見た。「竜は牙を失っても後からまた生えてくる。だがな、必要な期間は約五十年。これがどういう意味だか分かるか?」

 疲れた脳は考えることを拒否し、ゆっくりと首を振る。

「情けない。つまり爺さんは爺さんの五十年をお前にプレゼントしたってことだ。それだけ爺さんはお前に多大なる期待をかけ、大いなる愛情を注いでいる」

 愛情…か。

「でもイコ爺はそんな風には一度も。いつも俺のこといじめるし。からかうし」

「またたわごとを。そんな女々しい話しを聞きだすためにこの話しをしたんじゃない。つまり自覚しろってことだ。爺さんがお前にかけているものをな」

 それがお前を強くするきっかけになるかもしれない。

 そういい残すと、コウギは小屋の中へと戻った。

もう体がぼろぼろだった。筋肉が悲鳴をあげ、意識を緩めると全身が休みを要求してくる。

「全く、ランクBなんて目じゃないな」

 呟きながら、体をいたわるようにゆっくりと立ち上がった。足の裏の筋肉がつりそうになったが、何とかほぐしながら歩き回る。急に体を止めると筋肉が硬直してしまうのだ。

 ランクBの骸骨剣士が懐かしかった。つい一週間ほど前のできごとだが、どうやら僕は骸骨剣士を倒したことで剣術において最強になった気分でいたらしい。

 世界は広いというロッチの言葉が思い出される。

 近くにあった木に寄りかかる。

 側に寄ると木の縦縞がはっきりとわかり、その間を蟻が数匹せわしなく動いていた。

 懸命に働く命を潰さないようにその場にしゃがみこむ。木陰に入ると、風が全身にこびりつく汗を優しく刺激して気持ちよかった。

 ふと右手にある腕輪に目がいく。ほとんど装飾の無い金と銀の筋のからまった腕輪が今では恨めしい。

 言生がつかえればなぁ。

 心の中でため息をつくと何処からとも無く「カーン、カーン」という金属を打ちつけるような音がした。

 それはどうやら小屋横の石造りをした建物のようで、気になり足を引きずるようにしてその建物へと歩いていく、



 レンガを積んだような建物は狭く、大きさは隣の小屋の半分も無い。アザミによるとそれは鍛冶場とのことだ。今まで石造りの建物の中から音がしたことは無かったが、一定のリズムで金属音を刻んでいる。

 石造りの小屋のドアは重そうで、隣の小屋よりもずいぶんとしっかりとしていた。ドアは下方と上方の二箇所で横一列に鉄の金具で補強してあり、見るからに頑丈そうだ。

 ドアを開けると、熱気が顔を襲う。外よりも中の方が熱い。中の温度は一体どれほどのものなのだろう。

 想像以上に狭い部屋の中には人が一人いる。その人物は座りながら、赤く熱した炉と向き合っていた。横には水を貯めている入れ物があり、中の湿度は異常に高い。

 それはアザミだった。顔にタオルを巻き額から汗をびっしょりとかいているが隙間から覗くするどい目つきはアザミのものに間違いない。アザミの注意がこちらへと向く。

「あっ、その。邪魔だったら、帰りますけど」

「いいよ。ちょうど休憩しようと思ってたとこ」

 作業していた鉄の塊を水につける。するとそこだけ爆発でもしたかのように勢いよく泡が立ち上り、これ以上何処へ行くのかと尋ねたくなるほどの水蒸気が室内へと立ち込める。

 アザミは顔のタオルを下へ少しずらすと大またで僕の方へと歩み寄り、入り口の台の上においてあるビンを手にしながら僕を外へと促した。

「うーん。外はやっぱり涼しいね」

 真夏とは思えない発言とともにアザミは一つ大きく背伸びをした。顔を覆っていたタオルをとると、風が柔らかく髪を揺らした。汗により湿っている髪はいつもより少し重たそうだ。

 アザミは手に持ったビンの中の液体をごくごくと飲み、

「どう? うちの頑固親父は倒せそう?」

 僕は静かに首を横に振りながら、鍛冶室の壁に体重を預けた。二人してその外壁に寄りかかり中腰になる。

「そっか、強かったんだ。父さん」

「そりゃもう折り紙つきですよ」

 アザミはそっか、そっかとおかしそうに笑った。何がおもしろいのかさっぱり分からなかったが、つられて僕も笑顔になる。

「ここにはいつからいるの?」

 それはずっと気になっていたことだった。アザミのようなうら若き女性がコウギと一緒に山奥で暮らしていることは不思議な謎だった。

「ええと。大学を卒業してすぐだからもう一年になるかな」

「大学?」

「知らないかな。フォックステール大学っていってね。大陸の東にあって、自分で言うのもなんだけど結構有名な大学なんだよ」



 フォックステール。

 その固有名詞を耳にして自然と眉をひそめる。聞き覚えも何もその大学は僕の祖父が勤務している大学のはずだ。もっとも僕は当人にお目にかかったことはないのだが。

 僕のそんな様子をアザミはあざとく見落とさなかった。

「知ってるの? 自分から知っているか聞いておきながらこんなこと言うのもなんだけど、ちょっと意外だな」

「いえ、知りません」

 というよりその話題は口にしたくもなかった。自分の中で忌避に分類されている話題の一つだ。だけどそんな個人的な事情はアザミにすれば知ったこっちゃない訳で、

「アッ君、嘘が下手だね。嘘をつくときに右の口元がピクつく癖があるみたい」

 なぬ。それは気がつかなかった。

 思わず口を右の手の平で隠す。

「母方の祖父がそこの大学で教授をやっているんですよ。一度も会ったことはありませんがね」

 なるべくそっけない口調に努めた。アザミはどうやらこの話題に食いついたらしく下手に隠し事を重ねると根掘り葉掘り質問攻めにあいそうだ。それならばここは必要最低限の情報でやりすごすのが無難だろう。

 まだ祖父母の話題なら許せるが両親の話など死んでもしたくない。ロジャー風に言うならば背中を鉈で割られて鉛を流し込まれてもその話題だけは避けたいといったところか。

 目論見どうりアザミの興味はそちらの方向へと流れた。

「へぇ。そうなんだ。すごいねそれって。でも待ってよ。ということは甥であるあなたのおじいさんが教授ってことは案外その人は私の遠い親戚にあたるのかもね。でもバティックなんていたかな」

「バティックは父方の姓です。母方の姓は確か・・・バルザクだったかな。なんか殺虫剤の会社みたいな名前だったような気がします」

 記憶に霞がかかっていて思い出せない。

 狭い小屋のテーブルを挟んで座る母さんと父さん。僕は兄貴になにかをして遊んでもらっていた。あれは積み木だったか、それとも猫じゃらしのようなものでからかわれていたのか。

 その時耳へと入ってきた母さんの声。

(私がお父さんを説得してみせる。)

(でも大丈夫か、         が許してくれるとは思えないけどな。)

 二人の緊迫した空気も当時の僕にはさっぱり理解できなかった。そしてそれ以上のことはやはり思い出せない。

「どうしたのアザミお姉ちゃん」

 質問が止んだのに気がつき、横にいるアザミの顔を見る。その口はおもちゃの人形のようにぽかんとあいていた。

「アッ君。もしかしてそれ……ハルザックじゃないの?」

 ハルザック、ハルザック。

 僕はアザミが口にした名前を口の中で消化する。すると脳裏の中に星が一つ瞬き、頭の中に立ち込めていた薄い霧が一気に吹き飛ばされる。

「ああ、そうそう。ハルザックだ。いやどうも喉元で引っかかってたんだけど、ようやくすっきりした」

 喉に刺さっていた魚の小骨が取れたときの爽快感。難問を見事に完答したときのような晴れやかな心持。そんな僕の心情をよそにアザミはだんだんと興奮を高めている。

「ちょっと、ちょっと。嘘でしょ!」

「嘘ついてどうするのさ」

 見るとアザミの目の焦点がわずかにぶれていた。

「どうしたの、アザミお姉ちゃん」

「だってハルザック教授っていったら今世紀最大の天才。言生物理学の権威にして数多くの新理論を打ち立てた実証派の筆頭じゃない。私は言生遺伝学を研究していたから畑こそ違うけど超のつくほどの有名人よ!」

「へぇ」

 いまいちそのすごさが理解できない。

「えぇ、なにその反応? 四十年前に蓄言の技術を開発して、世界にエネルギー革命を巻き起こした今世紀最大の偉人じゃない。本当に聞いたことないの?」

「ああ、」

 それならば知っている。



 物質の崩壊の際に発生するエネルギーを蓄積する技術。それが「蓄言」と呼ばれる技術だ。一般的な教書によると、蓄言の技術により四十年前に巻き起こったエネルギーのインフラ革命と、直後に世界中でなし崩し的に発生した第四次産業革命は「世紀末の双子」と呼ばれ世界に大きな変革をもたらした。

 具体的にあげると粒子媒体による通伝技術の浸透。空輸船のエネルギー効率の抜本的な向上。言生と連動可能な内燃動力炉の開発。分子医療の夜明け。などなど。

 今世紀の五指に入る歴史的な事件と言っても過言ではない。



 それを、

「それが僕の祖父だと、」

 アザミは頷く。

「その頭脳は死後、研究材料として永久に保全されることが約束されてて、オンコ国において大総統なみの免罪特権があたえられたただ一人の人物よ。国の利益を左右するほどの頭脳の持ち主と言い換えても過言じゃないわ」

「へぇ」

 相変わらずそのすごさは伝わってこなかった。それはやはり面識が無いからだろうか。僕にとってはどこまでも他人事で新聞で誰それを褒め称えた記事を読んでいるような感じだ。

「ちょっと待って。ということはアッ君は教授の娘であるアンナ・ハルザックの息子ってことよね?」

「確かにそうなるね」

 低く抑揚の無い声が口をついた。僕が感情を抑えるのにどれほど労力をさいているかアザミには永遠に分かることはないだろう。そして僕は自分の私情を利害関係の薄い人間関係に持ち込むほど愚かではない。

「うそぉ!」

 アザミは両手で口元を手で押さえ、驚きの歓声をあげる。どうやら本当に驚いているようだ。

「ええ。ちょっと待ってよ! 信じられない。ってことはアンナさんは私のおばさんにあたるわけ? アンナさんの論文は私も卒論を書くときに引用させてもらったのにぃぃぃ。こんなすぐ近くに住んでたなんて。ということはアンナさんが黄銅院の引き抜きにあったてのはデマだったのかな」






「ちょっと待って」

 腹立たしさの湯船の中に弛んでいた僕の思考は一気に叩き起こされ、鋭くなる。

「アザミお姉ちゃん今なんて言った?」

 問い詰めるあまりの迫力にアザミは少し困惑した様子だった。

「ええ。だからアンナさんが黄銅院に行ったのはデマだったのかなって。私が在籍してた研究室のボス、つまり教授がアンナさんと親しかったらしいの。アンナさんとは学生時代からの友人だったらしくて、なんか女性でトップまで上り詰めた者どうし気があうとかなんとか言っていたな。そういういきさつがあってうちの研究室ではアンナさんの論文を結構頻繁に参考にしてるんだけどね。きっと結婚する前に書いたものね」

 それは多分事実で、具体的な時期はよく分からないがその後、僕の父さんであるマサヒロ・バティックと母さんは婚約したのだろう。そして兄貴を生み、僕を生み。

 兄貴と僕を置いて家を出て行ったと。

 笑える。

「以前、ボスにアンナさんは今どこにいるんですかって聞いたら、ずいぶんと前に黄銅院に引き抜きにあったて言っていたから。でもだってほら、子供がこんな所にいるのに、それをほっぽり出して行くわけないし。やっぱり単なるデマだったんだね」

「いるんだよ」

 子供をほっぽりだす研究狂が。十年以上も子供に顔を見せていない狂人夫婦が。しかし思わぬ所で情報を得ることができた。棚から牡丹餅とはこのことだ。

 アザミは少し困っているようだった。どうやら僕の態度が急速に硬化していくのを見てあまり触れてはいけない話題を掘り下げていることに気がついたのだろう。

 かまわず僕は質問をする。

「黄銅院って何?」

「ええと。それより何か他の、」

「いいから教えてよ」

 アザミは苦笑した。



「分かったよ。そんなに怖い顔しないでよ。ええとアッ君は剣士みたいだから魔法についてはあんまり詳しくないだろうね。『魔法』っていうのは今日では結構一般的な概念だけど学問に携わる人間は魔法のことを言生と呼んでるの。言生というのはね、個人の体内でATPがリン酸化されて分解する際に生じる熱エネルギーが、波に変換したものだと言われているのよ」

 それは知っていたが黙ってそのままアザミの講釈を拝聴する。

「だから言生は学問のジャンルでいえば物理も化学も生物も関連してくる。波の性質は物理。分子の分解は化学。さらに生体内で起こる現象は生物ってな具合にね。さらに言うと言生は唱える言葉によって喚起されるイメージに由来するから言語体系にも密接に絡んでくる。つまり言生は学問として文理問わず幅広い研究対象となっているの」

 さらに補足すると言生は政治や経済、文化、歴史などなど様々な場面にも関与している。事象のあるところに言生あり。そして人は事象を純粋に言葉によってのみ認識しうるのだ。故に故人はそれを言より生ずる「言生」と名づけた。言生物理学、言生化学、言生経済学等々そのジャンルをいちいちあげているときりがない。



 イコ爺には古代文字を中心に習っていたのでそこら辺の詳しい話は分からないが機会があれば一度ぜひとも勉強してみたいと常々思っている。

「言生の有名な研究機関は世界に三箇所あるの。小さなものを入れるときりがないから本当に大雑把な分類だけど」


 フォックステール大学。


 魔法学園。


 そして黄銅院。


「フォックステール大学はあまり説明は必要ないかもね。幅広い知識の探求を目的とした格式のある研究機関ってとこかな。だからどちらかというと基礎研究が多いわね。つまり真理の探究にして世界の根源の解明。結構面白いところだよ。時間があればアッ君もいってみるといいよ。一般の人にも開放されているエリアもあるし、何よりおじいちゃんがいるんだったら一度はいってみないとね」

 僕はアザミのにこやかな推薦を丁寧に受け流し続きを促した。どうもアザミは僕の背後の潜んでいる複雑な人間関係を、その円熟した、ある種の嗅覚により嗅ぎ取ったらしい。

そして会話の流れをどうにかいい方向に持っていこうとする節があるのだが、それは大きなお世話だった。

「それで二番目が魔法学園。ここが一番実践的な言生教育が盛んだね。小さな子供を一人前の魔法使いとして育てる養成機関のようなものかな。初等部、中等部、高等部、純高等部という感じでエスカレータ式であがっていく。まぁ砕いて言うと言生の一貫学校ってところかな。そのまんまだけどね」

「それで黄銅院ってのは?」

 正直な話他の二つはどうでもよかった。アザミもそれを理解しているようで理系の人間らしからず説明がやや大雑把な感じがする。

「もうアッ君は。もう少し会話を楽しもうよ」

「悪いけど、アザミお姉ちゃんの理想の弟は演じられないから」

 アザミは子供のようにほっぺを膨らました。僕はそれに人工的な笑みで応じる。

「いい性格してるよ。それでなんだっけ。そうそう黄銅院ね。アッ君はカルカッソって知ってる?」

 カルカッソ。それならばイコ爺が地理の勉強の時教えてくれた。

「南に位置する軍事大国。世界一のGDP、世界一の人口、世界一の防衛費拠出国。要するに現状で世界一の国ってことだね」

 国が発起した当初は、広大で肥沃な土地を利用した農業大国として集団を維持していたらしい。最初の二百年は穏やかな国で、他国に対しては干渉をしないことを国策の基本方針としていた。だがやがて国の首脳部にルネ・バルサミスという強力な指導者が現れると、牧産の囲い込み、産業構造の階層化などを推し進め、一大軍事大国となるのにそれほど時間はかからなかったようだ。

 なにより二百年の間に低層産業の基盤が安定していたことが国の発展を大きく後押しした。

「国の代表は『ショウグン』と呼ばれ自らの一族を光族と呼んで特別視している。光族。つまり光のあたる一族ってことかな。その光族をもって国家の重要な機関全てを支配している。以前の政治体制は光族による協議制がとられてたけど五十年前に急に一者独裁体制になったとか。」

「おお、すごいすごい。アッ君中々博識だね。なでなで。」

 擬音を口にしながら頭を撫でられた。これはいかがなものだろうか。嬉しいような腹立たしいような。僕は問題にならない程度の仕草でそれを払いのけた。

「それでカルカッソがどうしたの?」

「黄銅院ってのがカルカッソのお抱えの研究機関なんだよ。というより南での学問のメッカって表現したほうがいいのかな」

「うわっ! あいつらなんて信じられない場所にいやがるんだ!」

 僕は思わず頭を抱える。すると顔が日陰になり汗がひんやりと蒸発していくのが分かった。代わりに後頭部の一部を日光が容赦なく照りつける。

 我が両親は自らの一部にも等しい愛するべき子供たちをほっぽりだしてそんな場所にいる。さすが今世紀最大の研究狂だ。いやでもまてよ。

「アザミお姉ちゃんの話ってどれくらいの信憑性があるの」

 全てはそれによりけりだった。もし本当にアザミの所属していた研究室の教授が母さんと親しかったのならそれはかなり信頼できる情報ということになる。女の友情は家族のそれよりも強くそして男女の仲より脆いとイコ爺が言っていた。

「どうだろうね。私もちゃんとボスに確認したわけじゃないから。それを聞いた時はそれほど興味が湧かなかったし。だってほら……黄銅院ってやたらと秘密主義な体質があるみたいなのよね。一度黄銅院に所属してる同じような研究テーマのグループにプラスミドを分けてもらおうとしたんだけど呈よく無視されたし。そのくせ外の情報には貪欲で、一年間に出す論文の数も半端じゃないの」

「良くも悪くもナンバーワンってね」

 このことであまりアザミを責めることもできないので、苛立ちをごまかすために苦笑を浮かべた。するとアザミも似たような顔をする。

「そういうことだね。でももしもっと詳しいことが知りたいなら、うちのボスに聞いてみるといいよ。今でもアンナさんと連絡取り合ってるってなことを言ってたし。」

 それはいかにも母さんらしいと思った。子供より研究仲間との連絡を重要視するあたりがまともな神経をしていない。重ね重ね狂っている。

 しかしどうやらあてはできたようだ。それはがむしゃらに探すよりよっぽどましに思う。広大な世界の中でたった二人の人物を見つけることは途方もなく気の長い作業だから。

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