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第五話 混乱と旅

「そんなことは絶対無い!」

 怒鳴り、勢いよく立ち上がる。

 老人の顔が一瞬で眼下へ降りるとイコ爺を見下ろした。精一杯自分を保ちながら、精一杯イコ爺の言葉を否定する。頭の中で何度も。

 何度も何度も。

 それは傍からみると露骨に肯定しているようにしか見えなかったかもしれない。それでも僕はそうする他に出来ることは無かった。

 老人は僕のその姿を静かに見上げた。続く言葉を待ったが何もない。ただ黙って静かにこちらを見る。

 その視線に耐えられなくなり無理やりその顔をイコ爺の方向から引っぺがすと先ほど座っていたテーブルの椅子へと戻った。強く打ち付けた背中も今では痛みは治まっている。

 背後から紙がかさつく音がした。

 ややあってイコ爺は目の前の席に戻ってきたがその手には禁書の一節を書いたとされる紙の束がある。

 それを黙ってこちらへと寄こす。僕も黙ってそれを受け取った。今度はその束を投げるようなことはしなかった。

「お主のそれはのう、立ち直ったのではない。ただ目を背けているだけじゃ。」

 僕は憮然としながらも再び流れ出すイコ爺の言葉へと耳を傾ける。

「逃げてはいかん。向き合うんじゃ。それが遅くなれば遅くなるほどお主の根幹を形成する一本の筋が歪んでしまう。それはやがては取り返しのつかないほどねじれてしまうじゃろう。それを回避するためには禁書は必要にして不可欠。」

 必要にして不可欠・・・か。

 さりげなく目を落として文字の羅列へと目を流す。あまり綺麗な字じゃないのでイコ爺の手書きなのかもしれない。それが十枚に渡り綴られていた。

「もう一度言おう。それを暗唱して頭に叩き込みなさい。それだけでいい。他にはなにか特別なことをする必要は無い。」

「でも俺これは絶対唱えないよ。もちろん言生としてね。」

 こんなおぞましい物すぐにでも捨ててしまいたい。だが僕が何よりも優先するのはイコ爺の言ったことだ。

 イコ爺は一つ頷く。その表情は再び陽気な物とへと戻っていた。

 イコ爺はアルコールも回り始め調子がでてきたようだ。僕はその様子をこのうえなく腹立たせながら見ていた。

 一辺毒でも盛ってやろうか。でも竜の胃はあらゆる毒素を瞬時に分解してしまうらしいからなぁ。

 自分の卑屈な考えに落胆しながら、やっぱりあの頃から自分がなんら成長していないのではないかという疑問が沸き起こった。

 メガネ。根暗、オカッパ、チビ。

 もちろん今ではそんなことは全然無い。メガネは元々伊達だったので今ではかけていないし、身長だってそこそこ伸びてきた。髪も昔とは違いショートカットにしているが鏡を見て自分でも似合うと思う。そして性格も霞み始めた記憶にある兄貴のそれにちゃくちゃくと近づいているはずだ。

 だが根底から人間が変わることなど果たしてあるのだろうか。

 イコ爺に出発は明日の早朝と言われ僕はすごすごと帰ることにした。色々と準備することもあるし、一旦自分の家に戻らなくては。

 でもプラス思考で考えると別に今の状況はそんなに最悪ではない。

 何より初めて村から外へと出ることが出来るのだ。しかも一人で。そのことを頭に浮かべるだけで僕は幸せな気持ちになった。

 そして確かな予感がある。この旅は素晴らしい物になるはずだと。


 翌朝のことだ。

 太陽が出ると同時に僕は自分の住んでいる小屋を出た。かつては兄弟でジスの放牧を生業としていたが今では一匹もいない。沢山いたジスも広大な土地も全て売り払った。それ以後はイコ爺に面倒を見てもらって今まで生きてきた。僕にとってイコ爺は育ての親なのだ。

 だからこんな時間帯を出発の時間に指定されても一向に腹は立たない。唯一腹が立つとすればこの旅で言生を使ってはいけないという制限だけだ。

 

 

 日が山すそを白く染める中、僕は石畳の道を物思いに耽りながら歩く。左右に広がる家屋の列。二階建ての物がほとんどで、西洋風なシックな造りをしている。村民の半分は観光を、もう半分は山の麓にある溶岩の加工・販売を生業としていた。

 村の人間は大概仲もよく、村全体でアットホームな雰囲気がある。

 僕を除いて。僕は村の中では完全に変人扱いだ。

 笑える。

 まったくもって大爆笑ものだ。

 兄が死んでしばらくはそれが酷く悲しかった。一人でいるのはすごく怖かった。小屋に戻り帳の降りる頃に床につくとその感覚は容赦なく僕を襲ってくる。孤独という名の恐怖。ベッドへと体を寝かせ意識が夢の世界へと落ちるまでの僅かな時間にそれはやってくる。目を閉じていても分かった。六感でしか感知することの無い化け物が瞼越しに僕をじっと見つめているのだ。

 そんな時僕は体にかけている布団の奥底へともぐりこんだ。あたかもそこが化け物の手の届かぬ安全な場所であるかのようにしっかりと頭からつま先まで全身をうずめる。それでもそのねっとりとした視線は体にまとった羽毛の膜をやすやすと突き破り背中を甘く甘美になぜてくる。僕の背中は小刻みに震え始めそれをきっかけに恐怖は僕の全身へと侵入するのだ。

 かつての僕はそんな状況に陥ったとき決まって自分の横のベッドにいる兄貴を頼っていた。

 怖くて怖くて仕方の無い夜でも兄貴がいたから僕はなんとか乗り越えてこられたのだ。一緒に寝てもいいかと尋ねる僕に対して兄貴は「おいおい。もうちょっと年いってたら、その発言は犯罪になっちまうぞ」などと訳の分からないことをほざきつつも面倒臭そうな仕草を見せながら僕を迎え入れてくれた。それから兄貴と同じベッドで寝た。少し恥ずかしかったが、そこはどこよりも安全でもはや化け物も手のだしようの無い場所だった。

 そして僕は安らかな眠りを手に入れることができていたのだ。兄貴がいなくなるまでは。一人ぼっちになってから化け物に一人で打ち勝つのにどれ位の月日が必要だったか今となっては思い出せない。それは一ヶ月位の短い期間にも思えるし、一年もの長い時間を必要としたような気もする。怖くて眠れない夜。狂いそうな恐怖を感じても僕に頼れる人はいなかった。

 でも今では別に何とも思わない。親しい友人もいなければ話を聞いて相談に乗ってくれうような大人もいない。闇にまぎれて僕を睨みつけていた化け物も今ではどこかに消えてしまった。大方僕が怖がらなくなってのに飽きて、他の小さな子供のところへと移っていったのだろう。

 代わりにイコ爺の保護下で僕は知識付けの毎日を送っていた。イコ爺以外の他の奴らは屑も同然だ。

 



 夏とはいえ早朝の時間帯は少し肌寒い。

だぼだぼの茶の長ズボンに半そでの白いTシャツ。背中にぶら下げるコンパクトサイズのリュックには携帯食や水など旅に必要な様々なものが入っている。

思いを巡らせる内に村の入り口へと辿り着いた。方角的に言うと山の反対側だ。

「ようこそ、竜の住む町ポートンへ」

 入り口の木の門には大きくこう書いてある。風雨によって文字はすでに霞んでおり、全く知らない人が見たらなんと書いてあるか判別できないだろう。

 門の周囲には草原が広がっていた。ここから少し斜面を下るとやがて森へと突入する。

 

 子供の頃、誰かが読んでくれた少女とクマの物語を思い出した。

 少女は深い森をどんどん進む。目的は確か母親の病気を治すためにキノコを探して。しかし行けども行けども一向にキノコは見つからず、少女はとうとう森の中で迷ってしまったのだ。帰り道も分からず途方にくれる少女。そこにひょこりと姿を現した森のクマさんが声を掛けきたのだ。

 最初は怯えていた少女もクマさんの気さくな態度にだんだんと心を許す。そしてクマさんは少女に帰り道を案内してあげるのだ。だがその途中クマさんはお腹がすき始めて、

「ねぇ、ねぇ。僕お腹がすいたよ。」

「そうなの。ごめんね。でも私何も食べる物を持ってないの。」

「そっか、残念だね。」

「そんなに落ち込まないで。私はくまさんの友達よ。あなたのためなら何でもしてあげる。」

 とここまでは童話にありがちな温かいストーリー展開。

「そっかじゃあ僕のお願いを一つ聞いてくれる?」

「うん、いいわ。何?」

 それは君を食べちゃうことだぁぁ!

 

 あれ?

「こんな話だったけ。」

 首を捻っていると朝日を背によぼよぼした老人が視界に現れた。町の石畳を堂々と歩いてくる。あれじゃあイコ爺が伝説の竜だなんて誰も思わないだろう。実際僕も時々イコ爺がただのボケた老人ではないかと疑ってしまう。

「おはよう、爺さん。」

 声が届くほど互いに近づくと、イコ爺が背中に大きな荷物をしょっていることに気がついた。

「ああ。おはよう。」

「それが例の荷物?」

「そうじゃ。これをここまで届けとくれ。『イコ爺さんからの依頼です』といえばわかってくれるじゃろう。」

 そいうとイコ爺は僕に地図を書いた紙切れを渡した。それを見て自分の眉間に皺が寄るのが分かった。

「ずいぶんと見づらいな、これ。」

「酔っ払っとったんじゃから、仕方が無いじゃろう。」

 おい。

 軽く突っ込みを入れながら、老人が背負っていた荷物を自分の背中に担ぐ。それはちょうど身長の半分ほどの大きな塊のようでずいぶんと重い。その中身は白いベールに包まれていて分からないが、確認するつもりもない。

 まさか中身がただの岩で「これも修行の一環じゃ」という書置きが中に入っているはずもあるまい。・・・多分。

「まぁ、いいや。大体分かる。しかし山の中だな。しかも爺さんの知り合いってことは、そうとうの曲者だろ。」

「その辺は道中想像力を自由に羽ばたかせるといい。旅の醍醐味の一つじゃ。」

 村を出て一日の距離。そして村とニュークオウ町の真ん中を外れたような位置に×印がついている。

「それよりさぁ。この腕輪とってくれない。まかり間違って言生を使うはめになった時に全力で戦えないのは何かと悔いが残ると思うんだよね。」

 僕は右腕に嵌められた金と銀の筋が絡み合う細い腕輪をさすった。

 

 高みへの腕輪。

 

 つけたものの言生力を大幅に制限する。例えるなら水の流れの途中に蛇口をつけたようなものだ。蛇口がきつくしまっていると水は中々でることはできない。僕は修行の一環だと言われ、これを記憶を溯れる範囲の中でずっとつけていた。それがどれほど長い期間かは御想像にお任せするが、寝る時も風呂に入るときも一度も外したことが無かった。

 というよりもこれは僕の意思では外せないのだ。開錠するためには何か特殊なキーワードが必要ならしいのだが、それが何なのか皆目検討もつかない。それを知っている唯一の人間、もとい竜がイコ爺だった。そしてイコ爺はいくら僕がせがんでもそのキワードを教えてくれなかった。

 ということでこれを外すとしたら旅へと出発する今日だと思い、期待に胸を膨らませていたのだ。自分の中で全力で言生を使ってみたいという欲求が日に日に高まっていくのが分かる。最近は特にそうだ。

 だが僕の思惑はイコ爺の首が柳のように左右になびくことによって打ち消された。

「それは、できんな。第一それをつけていてもお主は十分に言生を行使できるはずじゃ。それでも駄目な状況に遭遇したならば、潔く諦めるんじゃな。」


「おい!」


 修行の一環で僕を殺す気か。いや、この爺さんならやりかねない。以前同じく修行と言う名目で凍える山をふんどし一丁同然の裸で登らされたこともあるし、灼熱のマグマを下にプロレスさながらのデスマッチをさせられたこともある。

 思い返すとよくここばで成長できたものだと、背中に薄い寒気を感じながらもふと自分に感心してしまう。

「心配するでない。大丈夫じゃ。もし、本当に力が必要ななったならば、お主の中で自然と口にでる。そんな言葉を鍵としている。」

 引っかかる物言いにはやはり釈然としない。この腕輪をつけてからといものずっと同じことを繰りかえし言われてきたが、そのキーワードとやらがなんなのかはさっぱりだ。


「イコ爺万歳。」

「イコ爺最強にして最高に格好いい竜。」

「助けてイコ爺。」


 どれも違った。

 腕輪には特殊な呪法が掛けられているようで、汚れもしなければ臭いもしないのがせめてもの救いだった。そうでなければこれは拷問だ。

 まぁ、いい。どうせ言生を使用することを禁じられているのだ。この腕はがあろとなかろうと、そこは必要条件だと言えなくもない。

「じゃあ、行ってくるよ。帰ってくるまでに脳溢血なんかで死んでんじゃねぇぞ。爺さん。」

「ふぁふぁふぁ。中々ほざくようになったのう。心配せんでもお主が優勝できないことを心から祈っとるよ。それからくれぐれも言生をつかうでないぞ。使い間を連絡用に一匹同行させる。連絡したい時は使い間に向かって用件を話すといい。」

 イコ爺が右手の手の平を上へと向けた。そこが白く輝くと何も無かった空間に。ネズミに羽をつけた生物が現れた。黒光りする光沢をもった毛並みは頭から尻尾の根元まで流れるような線を描く。

 羽は鳩などに見られる通常の羽毛から成っているようだが。

「チュー。」

「こいつ何?」

 泣き声はネズミだ。だが背中の羽にどうも違和感を覚えてしまう。

「食料の精霊獣、の使いぱしりじゃよ。わしと主従契約を結んでおる。」

 言うなりそのネズミはパタパタと僕の体の周りを飛びまわり始めた。羽の羽ばたく音は間違いなく鳥類のそれである。

「匂いを記憶しとるんじゃ。全力で飛べばかなりのスピードを発揮できる。隣町位の距離だったら半日もあればわしの所までたどりつくじゃろう。火急の用件があるときだけ利用しなさい。」

「うっす。で名前は?」

 訪ねられて老人は酷く困ったような顔をした。使い間に名前をつけないなんて、なんと横暴な主人だ。

「ああ、いいよ。俺がつけてやる。そうだな・・・・・よし。決めた。今日からお前はチュー吉だ。運気も上場、負も無く可も無くみたいなかんじがぴったりぃ。」

 それを聞いてイコ爺は露骨に残念そうな顔をした。

「なんだよ。文句あっかよ。なぁ、チュー吉は気に入ったよな。」

「チュー。」

「ほらほら嬉しそうじゃねぇか。まったく、横暴な主人を持つと苦労するんだろうな。名前も付けてやらないなんてひどすぎる。」

「分かった。分かったから早う行け。お主と話しとると日が暮れてしまう。」

「うるせぇ。じゃあ、行ってくる。」

 老人は黙って頷いた。

 僕は振返り先へと続く道を一気に駆け下りた。加速する景色に比例して気分は高揚した。


 樹木が茂り森を形成している。

 木々の密度はそれほど高くないが、空から降り注ぐ太陽は大体が遮光され、若干薄暗い。吸い込む空気にはふんだんに湿度が含まれていた。木々は栄養を運ぶためのポンプの動力として葉の裏から水分を蒸散させるのだ。

 故に木の周囲は湿度が若干高く涼しく感じることができる。

 下る川に沿って道が蛇行しながら寄り沿っていた。葉の傘から漏れた光が川の緩やかな流れに反射してきらきらと光っている。

 水の流動する音と小鳥のさえずりが、頑固な人間の心すら穏やかにしてしまいそうな音楽となって流れている。中々乙な道だ。

 


 勉強と特訓。

 この両者を単調に繰り返す日々は永遠に続くかと思われた。それは嫌ではないが、目新しい刺激のない生活は時々僕を暗い気分にしていた。

 いつまで続くんだろうか。

 こんな毎日を死ぬまでこなさなければいけないのだろうか。

 こういったことを考えない日は無かった。

 だが今こうして僕はいつもの日常から飛び出している。それは何の変化も無いと思っていた毎日に微妙な進歩があったから。その小さな進歩が気の遠くなるような時間の間に積み重なり、僕を新たなステージへと押し上げた。

 技術は練られ、膨大な知識は確実に定着し僕を構成する。

 ランクEの操り人形にも勝てなかった四年前。それは今となっては懐かしい思い出で、思い出すと笑えてしまう。

 こうして考えてみると一年前にイコ爺が僕を旅に出そうとしなかった理由が何となく理解できた。一年前では時期が早すぎたのだ。泥人形相手にてこずり、そんな状態で勝利してガッツポーズをしていた僕はまだまだ甘ちゃんだったのだろう。そしていつもならば勉強や特訓をしている時間帯に僕がこうして見知らぬ場所を歩いているのはイコ爺が僕を認めてくれたからだ。

 人が三人も横一列で歩けないような幅の道を下る。

 足元は舗装もされておらず、さながら獣道のようだ。だがこの道が唯一村から一番近くの町へと通じる道だった。

 すでに下り斜面は終わろうとしており、かれこれ四時間かけて山の麓にたどりついたことになる。広がる森をとっぱらえば、真上の近辺にに太陽があるはずだ。四時間歩いても出発が朝早かったので日が沈むまでまだまだ時間的には余裕がある。

「あちゃー。」

 わざとらしく声を出してみる。

 やはり一人で黙々と歩いていると話し相手が欲しくなるものだ。僕の周囲を蝿のようにちょこまかと飛びまわるチュー吉はチューチューと無くばかりで一行に話し相手にはなってくれない。

「それにしても囲まれるまで気づかないなんて俺もどうかしてるよな。きっと青い空のせいだ。そうに違いない。人数は・・・十人ほどかぁ。面倒臭いな。きっと山賊とかだろう。もうお約束なんだから出てくるなよな。小説とかよんだことないのかねぇ。悪役がどんな末路を辿るかわかりそうなもんだけど。ああ、そういえば隣のおばさんが言ってたよ。今思い出した。『最近隣町へ続く道の途中で山賊が出るって話だけど、お前には関係ないわね』って。メッチャ関係あるじゃん。いくらはみ出し者だからってもう少し情報を回してくれてもよさそうなものだけど。でも所詮はみ出し者だしなぁ。昼飯とろうとおもってたんだけど、これじゃあ運動後になっちまうよ。ああ、俺ってついてないよなぁ。」

「チュー?」

チュー吉に話を振ると、チュー吉は愛嬌たっぷりの黒い瞳をこちらに向けながら「そうですね。でも仕方ないですよ旦那」とでも言うように一鳴きした。

 時代錯誤の単語を含む解釈はこれから始まるであろうチャンバラに対する伏線か。

 


 足を止める。単調に響いていた土を踏み鳴らす音が止み、風と葉の擦れあいのみが周囲へと取り残される。

 山を降りるごとに気温は上がっていったようで、今では体を動かすたびに汗ばむほどだった。

 すると僕が足を止めたのを合図にしたかのように、高い木の下に点々と広がる茂みがざわざわと騒ぎ出す。人影が次から次へと前方の道へ現れる。

「よくも、まぁ。暇な人間が多すぎるよな。」

「そう言ってくれるな、兄弟。」

 はっきりと断っておくが、僕は僕の行く手を阻む人間の一切と面識が無い。兄弟などと呼ばれるのは心外だ。

 目の前には八人の屈強な男たち。スパッツのようにぴったりとした短パンをはき、腰には古風にも腰みのをつけている。分かりやすいのはよいことだが腰みのというのは山賊の必須アイテムなのだろうか。上半身には筋肉を自慢するためか、肩の無い木綿と思しき肌着を着ていた。白い肌着は土ぼこりなどで大分よごれており、霧のような斑な模様をなしている。

 後ろを振り返ると来た道にも三人の男が立っていた。

「で、何か用? 俺いそいでるんだけど。」

 嘘である。急いでなど無い。

 目の前を塞ぐ八人は思い思いの立ち位置にいる。その中のリーダーとおぼしき先頭の男が口を開いた。年齢は三十位か。長い顔と細い目が特徴的で、頭には白いバンダナを巻いている。

「ほほう。俺たちの面ぁ見て驚かないなんて、中々度胸のある坊ちゃんだ。」

 坊ちゃんという言葉がおかしかったのか、周囲の男たちが侮辱するかのように笑い声を上げた。

「用ってほどの用は無い。ただ坊ちゃんの有り金と着ているものを置いていってくれればそれでいい。なぁに、大人しく言うことを聞いてくれれば乱暴なことはしないさ。」

 思わずため息がもれる。

「もしかして、おっさんたちホモ? ホモな訳?」

 僕は努めて冷静に答えたし、なるべく相手を小ばかにするような口調を意識した。

 だがその内実はというと、わずかな緊張が体を支配し、その緊張が見えないレベルで全身をぎこちなくする。いつものことだが大人に話しかけられると、つい緊張してしまうのだ。

 僕の一言で男の周囲にいた山賊たちが大きくいきり立ったが四方へと拡散する怒声はむしろ僕を落ち着かせた。相手を挑発したつもりだったのだが、どうやら乗っかってくれたようでなんだか嬉しくなる。

 バンダナの男が軽く右腕を挙げ、取り巻きどもを抑えるような格好をした。すると周囲にいた男たちはぴたっと静かになったので、やはり先頭の男がリーダーのようだ。

「おい、おい。坊ちゃん。あんまり大人をからかっちゃいけないよ。じゃないと痛い目に会っちゃうからね。」

 なだめてくるような撫で声で話しかけてくる。僕はこういう態度をとる大人が大嫌いだった。

「はっ? 何処に大人がいるのさ。大人ってのは、この時間帯には仕事をしてるもんなんだよ。それをあんたらはぶらぶらぶらぶら。恥ずかしくないのかよ。未だにモラトリアム満喫中ってか。情けないね。全く世界のモラルは何処にいったのか。」

「お、おい。てめぇ。もう一辺いってみろ。こっちは二十人はいるんだぞ。命は助けてやろうと思ったが、もう勘弁ならねぇ。命はな、」

「だからさぁ。そこが駄目なんだよ。本当にやるやつはもうとっくにやっちゃてるよ。それをべらべらとくっちゃべって。それに俺もあんたらを勘弁してやろうとは思ってないから。何故かって? 何故だと思う?」

 右手を木刀に沿え、背中の荷物は下へと下ろした。戦っている隙に盗られるのではないかと一瞬思ったが、こんな重いものを山賊たちがそうそう持っていけるはずがない。少なくとも僕を片付けなければ無理だ。

 つまり無理ということ。

 そっけなく下ろした白い大きな荷物は地面に到達すると同時に鈍い音を立てた。

「それはあんたが俺を兄弟と呼んだからだ。俺の兄弟はこの世で只一人。それ以外の人間にその愛称で呼ばれるのは反吐がでる。俺はすごく怒ってる。お前らを全員血祭りにしてしまいたいと思う位にね。」

 口を開きながらも愛用している木刀と正眼に構える.その迫力に圧倒されたのか男たちが狼狽するのが分かった。

 それを見るや否や僕は男たちに向かって切りかかっていた。

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