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第二十話 終了後

 ある日、ある日。森の中。熊さんに出会った。深い森の中、熊さんにであった。そして私は食べられた。






 日は大分傾き始めていた。

 一日が終わりに近づき、そして僕は憂鬱になる。空には心洗われるような夕焼けが広がっているのに気持ちは沈む一方だった。よく見ると雲の隙間を一羽のワシが飛んでいる。だが風を全身にまとうその力強い羽ばたきも僕の気持ちを上向かせるにはいたらない。

 もの思う。

 現象がどんなに変異しようとも実体は常在不変であり自然における実体の量は増えもしなければ減りもしない。

 雲は今は雲であるがやがて姿を変えるだろう。だが姿を変えたところでそれが突然消えたり現れたりすることは無く、形を変えて永遠にこの世界にあり続けるのだ。例えそれが分子まで分解し、原子にまで変化しようとも存在は永遠不滅。

 ならば人間の肉体が死という現象を経験し、腐敗し、分解し、やがて存在すら認識できなくなったとしてもやはりこの世のどこかに存在し続けるのだろう。それはただ生前の故人がもっていた情報を構造機能的に保有できなくなったというだけの話だ。

 それならば人が亡くなった人を想って、当人が側にいるような気がするという感覚もあながち出鱈目ではないのかもしれない。あるいはその親しかった人間は姿を変え案外身近にいたりするのだろうか。今こうして僕が触っている無機物であるはずの大地にも認識できないほど微量に大昔の人たちの一部が交じっているのかもしれない。そう考えると世界は生きている存在と、生きていない存在にこの上ないほどに厳密に分離することが可能となる。





「なんて難しい話されてもごまかされないからな」

 ふ、何をおっしゃる。こうしている間にもお前の祖先が、

「だからいい加減勝負しろって」

「まったくしつこい奴だ」

 煙に巻こうと必死に適当なことを言っていたのだが、メアの食い下がり方は異常なほど凄まじかった。

 大会は無事終了し、伝説になりそうな今年の決勝の内容も日常へと帰り行く人々の感想を聞くかぎり概ね満足していただけたらしい。

 背中のリュックには優勝賞金百万ゼル。トロフィは宅配便で自宅へと送った。あんな嫌な思い出のつまったトロフィなど持ち帰りたくないというのが正直な感想なのだが、まさかゴミ箱に捨てるわけにもいくまい。

 それからしばらく隠れるように闘技場の西にあるだだっぴろい公園へと避難していたのだが、こうしてメアに目ざとく見つかってしまい、なんとか得意の話術でごまかそうと必死になったのだが、どうやら僕の口先はまだまだイコ爺のレベルには達していないらしい。

 それにつけても念願の優勝を果たすことができたのだが、僕としてはこの結果は微妙といわざるを得ない。何せ防壁と拘束の言生を使ってしまったし、悪いことにそれをばっちりとチュー吉に見られてしまった。

 さきほどからチュー吉は広い公園にうっそうと茂っている雑木林の隙間を行ったりきたりしているわけだが、僕としては口封じのためにいっそ「チュー吉殺害」のシナリオを考えたりしてみたのだが、いざ殺すとなるとその弱々しい小動物オーラを前に微塵も動けなくなるのだろうが。

 どうやら自分は小動物系の可愛い物に弱いらしい。

「駄目だな」

「何が駄目だよ。戦おうぜ。ちょうどいい具合にここは広くて人もまったくいないから、ここで、今すぐにやろう」

「やろう、やろうって言うなよ」

 恥ずかしいやつだ。

 確かに公園の正面に面した広い道は人通りが結構あるのだが、公園の中に誰かが入ってくる気配は余り無かった。皆帰路を急いでおり、多分家に帰って温かい食事にでもありつくのだろう。

「なんでだよ。いいぜ、魔法使っても。俺は全力のお前とやりたいんだよ」

「熱烈なラブコールありがたいんだけど、俺実は言生・・・つまり魔法を禁じられてるんだよ。だからお前の期待に沿うことはできない。残念ながらね」

「でも、決勝で使ってたじゃん」

「うっ。」

 メアは記憶の奥底に丁寧に片付けていた事実を乱暴に散らかしていく。

「一度破ってしまえば、二度も三度も変わらないんじゃねぇの。だからやろうぜ。さあ、早く」

 メアが少女のような仕草で「ねぇ、ねぇ」と袖を引っ張ってくる。まるで餓鬼だ。メアの飽くなき闘争心は純粋なのかもしれないのだが、その要求を飲むつもりは毛頭無かった。

「ああ、いた、いた!」

 見ると美帆が公園の入り口の門からこっちに向かって手を振っていた。門と言っても二つの石柱が入り口の境に立っているだけなのだが。

 公園には砂場だとか、ジャングルジムだとか子供が遊ぶような設備は一切ない。ここはいわゆる植物公園のようで、木々の間をひたすらに道が通っているだけだった。恐らく散歩かランニングをする人々がその主たる使用者なのだろう。

「ほらアドの彼女もあんなに手を振って応援してるじゃん。男だったらここでカッコいいところ見せないと嫌われちゃうぜぃ」

「喝! だから違うっての。そういう誤解をような表記はマジで辞めてくれ」

「でも、俺のお見立てだとな、」

 言い終わる前に美帆が近づいてきた。すかさずメアを殴る。不意をつかれたメアは全力で地面へと転げ、砂埃が夕暮れの冷たい風に乗せられて舞い上がる。

「な、何故?」

 メアはトカゲのように大きく目を見開いた。メアが抱いた疑問は僕の思うところと一致した当然の質問だが、

「あんたねぇ! 言っていいことと悪いことがあるでしょ! あんな公衆の面前で私の名前をぼかすかと言いまくって。それも、よりにもよって、」

 顔を耳まで真っ赤にしながら僕の方を一瞥する。なんだその仕草は。誘っているのか。誘惑系か。

 美帆が要領悪く語る話を聞くと、どうやら審判のマイクが最後のメアの一言を拾ったらしい。

「私もう、恥ずかしくて、恥ずかしくて。どう責任取ってくれるのよ、メア!」

「え、え、え。責任?」

 今大会の事実上の優勝候補が後ずさりする。美帆の迫力に僕でも気持ちが全て背中に移動したほどだ。

「いや。じゃあ、質問するけど、何をそんなに腹立ててるんだよ?」

「それは・・・私の名誉を傷つけたからよ」

「は? 名誉? どうして?」

「どうしてって…だから、その。こいつと。…熱々だとか何とかって。そ、それに私がこいつに気があるって、」

「それでどうして腹がたつわけ?」

 会話を行う時に相手の言った内容を反復つつも、疑問形の体裁で相手にそれを返し続けることはどうやら相当に有効らしい。というより傍から見てると美帆よりメアの方が一枚上手のように思えた。

「別に腹は立ててない。ただ私は私の名誉を傷つけられたって。あんたも話をすりかえないでよ」

「はっ! どう違うんだ? お前こそ論点をそらそうとしてんじゃん」

 メアはすでに余裕を取り戻している。

 メアの優勢を見て、僕はたまりかねて口を挟む。

「それは事実無根だからだろう。美帆もなんでそこで黙り込むんだよ。俺お前のこと嫌いだしね、お前もオレのことは嫌いだろ」

 すると美帆は少し目を大きく見開き、

「えっ、いや、そうよ。私だってこんなやつ。ダサいし、弱いし。私とは到底つりあわない低脳のサルよ。ウキキって喚きながらバナナでも食べていなさい、このスットラカンチン」

 あまりの言われように僕は苦く笑う。だが腹は立たない。

「で、そっちのクロポンはどう思う」

 防戦を強いられていたメアも今ではその最終ラインを立て直し、いつものシニカルな笑みが口元にあった。メアは美帆の肩に乗っかる小動物にバトンをタッチしたようで、それは中々の絶妙なパスだと思う。

「うーん。僕に聞かれても困るんだけど。そうだね、アドっちはどうして美帆りんのこと嫌いなの?」

 クロスケにより放たれた思わぬパスは僕をたじろがせるのには十分だった。

「どうしてって?」

「だって師匠を馬鹿にした件は許して上げたんでしょう。少なくとも第三者である僕が話を聞いていた限りではそう思ってたけどな」

 それはクロスケを頭に載せ、美帆を担いで闘技場入りする前の話でてっきり不干渉を決め込んでいたと思っていた子猫は、どんな些細な情報をも攻撃に使ってくる気のようだ。

「うーん。確かに」

 言われてみればそうだ。僕は確かにあの時美帆を完全に許していた。

「どうしてなんだろうな?」

「うっさい! 死ね!」

 これが恐らくパスミスという奴だ。酷い言葉を浴びせかけられて、それはないだろうと反論しようと思ったら、

「おい、ちょっと待てって。痴話喧嘩は後」

「痴話喧嘩のわけねぇだろう。どうして俺がこんな奴と」

「なっ、私だって。あんたみたいな屑。火バサミでささっと拾ってゴミ箱に捨ててやるわ」

「なにをー」

 僕はあえていきり立つふりをする。だがさすがにそれはメアに見破られていたらしく、

「おい、だからそれを辞めろっての。アド、お前さっきからわざと嬢ちゃんの煽ってるだろう。俺とやりたくないからって。信じられねぇ。まったく雨にかみあらい風に櫛削るとはこのことだぜ。ちった俺の苦労を理解しろ。そして俺と戦え」

・・・

・・・   

美帆がぽんと手をたたく。

「ああ、やる、やるってさっきから言ってたけど、戦うってことね。私はってっきり君たちが二人が愛し合うのかと思って。いや、いや。いいんだけど。別にそういうのって私なんとも思わないから」

 おっと、ここで美帆選手、反撃に打ってでたぁ。

「ああ、もう、お前は帰れ。俺が用があるのはアドだけだから」

「あら、そうも行かないわ。私もアドっちに用があるんだから」

「俺も用がある」

 聞き覚えのある四人目。気配は感じていたので何時出てくるかとやきもきしていたのだが。

「どうして? 美帆は何の用があるんだよ」

「私にはこの男を監視する義務があるのよ。アドっちは危険だから、」

「美帆りん、その言い分は僕でもちょっと強引だと思うのにゃ」

 だから少しは新規参入者に注意を払ってあげようよ、二人とも。

「そうだクロポン。いいこと言った。なんだよ、その監視ってのは。小学生でも納得しねぇぞこら。九点だ。もちろん百点満点で」

「なによ。なんか文句ある。なんなら私が相手になってあげるわよ。クロスケ、いいわよね」

 対抗心を燃やす美帆に対してクロスケは丸い前足で軽く頭を抑えた。

「もう、その喧嘩っぱやい性格直したほうがいいよ。大体メア…吉も結構特殊だからね。辞めた方がいいよ」

「何っ!」

「おお、クロポン。メア吉かぁ。吉っていえばよいこと、めでたいことを現すからな。微妙に気に入った。他の誰かだったらぶち切れるかもしれねぇけど、お前だったら許す。」

「ありがとうだにゃん」

「こら! お前たち。無視するんじゃない!」

 上品な顔立ちに、秋の稲穂のような金色の髪。

 ノムリ・シーバス。通称ダークノムリ。

 そういえば、いたなぁ。こんな奴。

 ノムリの背後には例の如く緑色の制服をきたノッポとポッチャリが控えている。数的には三対三。

「で、なにしに来たの」

 メアと美帆は相変わらず口論に耽っているので、仕方なく僕が汚れ役、もとい笑顔の窓口となり話相手を務める。

「くそ! 後ろの二人は何を考えてるんだ。私が登場してやったってのに。まさしく学園の品格を貶めるその行為。万死に値する。」

「いいから要点だけ頼む。俺も後ろで繰り広げられてる激熱討論に参加したいし」

「ふん。それよりお前魔法使いだったんだな。まさか素性まで隠しいるとは恐れ入った。だがそんなことはどうでもいい。大会で受けた屈辱今ここで晴らしてやる」

「どうやって? 大体ちみはすでにメアに負けてるじゃん」

「ふふふ。俺には奥の手があるのだよ」

 そういうとノムリは僕との間に存在している三歩ほどの間合いをさらに広げるために後ろへ一歩後退した。だがそれに伴いノムリの背後にいるノッポとポッチャリの顔が強張る。

「兄貴、辞めましょう。まだ早いって先生もいっていたじゃないですか」

「そうですよ。僕たちのことはいいですから。扱えきれない精霊獣を召喚しても意味がないですよ。ここは大人しく引いて、次の機会を待ちましょう」

 意外にも現実的思考を持った手下たちに僕は感心する。案外後ろの二人はまともな思考の持ち主で、ノムリの世間ずれした性格をなんとか補正しているのかもしれない。補助バッテリーかと思っていたら主力の制御装置だったというオチか。

 だがノムリはその言い草が気に入らなかったらしく、

「なにを、そんなに弱気でどうする。大体次の機会とお前たちは言うが、その機会がなかったら? お前たちは品格を貶めたあの俗物どもに対してどう落とし前をつけるつもりだ」

「それは、でもほら。中山なら学園であえるじゃないですか。必ず次の機会が、」

「黙れ! ではアドラとは次いつ遭遇できる。メアとは? お前たちはそのような心構えだから予選で敗退してしまうんだ。そもそも、」

「ああ、もう勝手にしろ」

 前では意見のまとまらないまま登場してしまった愉快な三人組が作戦会議を始めるし、後ろでは子猫を交えた三者ですでに討論が白熱してしまっている。

 僕はふと重大なことに気がついた。中途半端な配慮を示そうとしたばかりに、なんと自分がどちらからのグループからもはみだしてしまったのだ。そのことを悟ると心の隙間に急に寂寥感が吹き荒れる。

 どこからか和太鼓の音がする。町のどこかで祭りでもやっているのかもしれない。連休の最終日だしそれは十分に考えられ、こんな連中ほっといて自分一人でいってしまおうか。

 空も雲も次第に灰色に近い青となり、間も無く日が暮れる。

 十四のある夏の夜。僕はこうして取り残された心持で見も知らぬ土地にいた。

「さてさて、ではそろそろ物語を進めますか」

 僕は気楽に気構えていた。それが重大な過失だと気がつくのにそう時間はかからなかった。






 視線を上に向ける。

 視界を遮る雑木林の連なる風景。ほとんどの木に青々とした緑が枝一杯についていて生命を満ち溢れさせている。木々の密度はそれほど高くは無い。恐らく公園の管理人がいてマメに手入れをしているのだろう。

 そんな生い茂る木々の中に一本だけ丸裸な木が存在した。年老いた老人を連想させるやせ細った茶色い一本の木。多分根枯れしてしまったのだろうが、僕が注目したのはそんなことではない。

 その丸坊主になった枝の一本に、

 男が一人座っている。

 いや性別は完全に推測だがその体格はどう見ても成人男性のそれだ。だが顔には白いおしろい。唇には赤い紅が施され、口が倍以上に大きく描かれている。目の周りには黒い斑点があり、左目は雫の形。右目は星のマークを模っていた。

 服装は見たことがある。それは本などでの話だが全身をすっぽりと覆うつなぎだった。半身は赤く、もう半身は黄色い。やたらと大きな緑のボタンがその赤と黄色の境界に沿って五つほど並んでいる。襟元にはトカゲのようなひだひだ。

 ピエロだ。本の挿絵で見たまんまの格好をしている。

 こんな人間ばかりと遭遇してしまうと、自分がまともな人間とは縁が無いのかと疑ってしまう。

 がっくりと肩を落としながらも警戒だけは怠らなかった。その理由はピエロが持つ大きな鎌にある。まるで死神から借りてきたような大鎌はまさしく生きる者の魂を狩るのにふさわしく、沈み行く夕日の残り香が鎌を一際鈍く光らせている。

 ピエロの手には本のようなものがあり、今は手にしている印刷物を熱心に読んでいるようだ。

 僕は努めて前向きに物事を考えるように努力した。あのピエロはこの公園の木の上で読書することが大好きな近所のとち狂った青年に違いない。

 ありもしない可能性にすがる僕はさながらピエロのように思えた。

「あの、すいません。そんな所で何をやっているんですか?」

 形としては僕が上を仰ぎ見て男へと問いかける。僕の声によって気がついたのかメアも美帆もノムリもその手下二人も僕が話しかけた先へと注意を向けるのが分かった。

「誰あいつ?」

 これはメア。

「さぁ、変なおじさんでしょ」

 これは美帆。

「ふむ、中々品格のある格好だ」

 これはノムリ…って、おい。

 サーカスというのは客あってのものらしい。客を喜ばせ魅了するために日々稽古に心血を注ぐ。危ないことをしても観客が喜んでくれさえすれば、それは胸がすくような思いとか。

 故に僕たち六人の注目が集まったがためにピエロが本、よく見ると漫画本をぱたっと閉じてこちらを振り向いたのも納得がいく。

 そしてその第一声を僕は人生の中で永久に忘れることはできないだろう。

「あらん。気がついちゃった。ごめんねぇ、僕たち」

 その艶かしい響きを含む、重厚な声。情勢では到底ありえないテノール。

 あれだ飯を炊くあれだ。

「げ、あいつホモじゃねぇ?」

 いやそうじゃなくて。

「いや、いや。ああいうのを同姓愛者というのだよ」

ああ、ノムリ君おしい。

「っていうか単純にオカマでしょ。大鎌を持つオカマ。ギャグのつもりかしら」

「おお、それそれ」

 思わず声に出してしまったが、胸につっかえていたもやもやを払ってくれた美帆に対してハグのご褒美をしてやりたい。それが自殺行為と分かっていたので、危ない思考は脳内で留めておいた。

 そこで僕たちは黙り、オカマピエロの次の言葉を待った。

「私ね」

 ピエロが口を開く。

「少女漫画が大好きなのよ。小いさいころからの大ファンで。君たちは読んだこと無いと思うけど、ストーリーがいいのよね。細い線は心を洗われるようだし、丁寧な構図やコマ割りはがさつな少年漫画には一生見ることはできないわ。だから好き。心ときめく純愛ものから、エログロなダークなものまで、みーんな大好き!」

 ええと。

 僕は周囲へと視線をめぐらした。すると似たような困惑とも混乱ともとれる空気がメアや美帆の周囲に漂っている。

 誰か相手してやれよ。

 嫌だよ。お前がいけ。

 なんで私が。

 意思の疎通が百パーセントうまく行くと、相手の心が読めるようになるらしい。表情と仕草をもちいて互いに役割を擦り付け合う。

 だがオカマピエロのお話は勝手に続いていた。

「今読んでるのもとってもお気に入りなのよね。『枡留教授の黒い純愛』。エリート街道をひたすら進んできた有名大学の教授が研究室に入ってきた四回生のかわゆい男の子と泥々の恋愛を繰り広げる、まさにブラックラブストーリー。ああ、私も一度でいいからこんな風にかわいい男の子と恋愛がしてみたいわ」

 遠くを見ていた視線がが急にこちらを向き、そのねっとりとした目が僕へと絡み付いてくると、これまで経験したことのない悪寒が全身を駆け抜けた。

 僕は抵抗のかけらすらせずあっさりと美帆とメアの居る所まで後退した。

「ちょ、ちょっと。私の後ろに隠れないでくれる。あんたそれでも男なの?」

「男だから嫌なんだよ」

 美帆の背後へと避難しとりあえず落ち着きを取り戻す。それは過分に精神的な作用に相違なく、竜巻を前に家の中へと避難して安心しているようなものだ。

 身の危険は去っていないが、場所が精神的な安定をもたらすのだ。

 それにしても嫌すぎる。舌でぺろりと上唇を舐める仕草。少し割れている顎。

 こんな恐怖にさらされ続けるくらいなら、まだイコ爺のきつい特訓を受けるほうがましだ。

「あんた、誰だよ」

 女の子のうしろから問いかける僕の迫力はさながら九割減といったところか。

「あら、あなたが一番のお気にだったのにぃ。そんな不細工ちゃんの後ろに隠れるなんて、失礼ねぇ。もう」

 駄目だ耐えられない。

 ふと肩を叩かれる。見るとメアが同情とも哀れみとも判別のつかないような顔をこちらによこしていた。メアにとっては他人事のようで、人の不幸を明らかに楽しんでいる様子だ。

「もちろん他の二人も全然オッケーよ。私守備範囲は広いから。あっ、他の二人っては職人君と金髪君のことよん」

 僕は生ぬるい悪寒に包まれながらも、同胞に訪れた不幸を喜ぶ。案の定メアは苦いものでも飲み込んでしまったかのような顔をしている。ノムリも同じような感じだ。

「それより、何の用か答えなさい。そんな馬鹿丸出しの演出私はなんとも思わないわ。用が無いんだったら帰るわよ」

 流石にこういう時の女性は強い。後ろからでも分かる怒気を含んだ声は、恐らく不細工と言われたことに起因しているのだろう。

「あらら。怖い、怖い。不細工が怒るともう手のほどこしようがないわね。おほほほ」

「アドラ! メア!」

『はい!』

 呼ばれた僕とメアは思わず大きな声で返事をした。振り向いた美帆の顔は夜叉のように壮絶で、怒りは制御範囲を振り切れている。満タンに溜まったゲージからは一体どのような必殺技を繰り出すのだろうか。

「あいつを片付けるわよ。協力しなさい」

『えええ!』

 とは言えない。拒否は即死を意味しそうな雰囲気だ。

「辞めたほうがいいよ」

 地雷をあえて踏みつけるとはどこの勇者だ。

「クロスケ! あんた今なんつった!」

 自らの肩に留まる生物を怒鳴りつける。だがそれに対してクロスケは全く反応せず、美帆の肩の上に起用に四本足で立ちながら、真っ直ぐにオカマピエロのほうへと注意をむけていた。子猫の顔は恐ろしく真剣で、目を細めながら小さく呻いているではないか。

 その様子をみて美帆も勢いだけでは押していけないものを感じ取ったらしい。

「どうしたのクロスケ。ていうかあんたいっつもそればっかりじゃない。第一こっちには大会の優勝者に順優勝者が揃ってるのよ。それに私も魔法には覚えがあるし、そこにいる能無しも少しは役にたつだろうし」

「事実上、六対一ってことだ。それでも、」

「それでも、辞めた方がいいのにゃん。」

 クロスケは美帆が言った事実にも僕が言った事実に対してもなんら主張を変えようとしない。まるでそれら全てを加味し、その上で負けると、六人総がかりでもピエロ一匹に敗北すると言っているようだった。

「その通りだよ」

「ほう」

 これに露骨に興味を示したのがメアだった。

「それはすっげぇ気になるな。俺でも勝てないってか」

「勝てないとは言ってないよ。ただ辞めといたほうがいいって」

「同じことだろう」

 互いに顔を見ることもせずに会話を続ける。もちろんオカマピエロから注意を怠らないためだ。

「あいつには見覚えがあるな」

 この発言は今しがた美帆に能無しと評価されたノムリだった。いつの間にかノムリも僕たちの側に近寄り、これで六人は奇跡的に一塊にまとまっていることになる。

「あいつは確か大会に出場していた。確か名前をき、キルピ」

「スマイリング・キルピか」

 僕はキースから教えてもらったその名前を思い出した。

 気まぐれな快楽殺人者、と断定するのは早計か。だが聞いた話によるとキルピは予選では選手を皆殺しにするくせに、トーナメントになると自分からリタイアしたそうだ。そのために今年もメアともノムリとも対戦することは無かった。

「そういえばあいつ去年も出てたな。何だか分から無いうちに途中でリタイアしたのだが」

 それもキースから聞いた話と一致する。

「問題はそこじゃないでしょ。そんな殺人狂が一体私たちに何のようがあるの?」

「さぁ」

 としか返事をすることができない。意味不明だ。だがキルピは確かに自分の意思で僕たちと接触を持とうとしている。それは否定することのできない事実だがその理由がまったく見えてこない。

「ふん。おもしれ。大体こんな所でぐだぐだ井戸端会議をしてても意味ねぇっての。こういう場合相手にちょっかいを出すのが物語の王道だろう。」

 両手を組み、そこにアゴをのせ悠然とこちらを見下ろしているキルピに対してメアは一歩前へと進み出た。

 勇者だ。勇気のある者。僕にはとてもマネできない。メアの闘争心は食わず嫌いがないらしい。

「物語では大抵そうやって最初に出て行ったやつがやられちゃうのよね」

「うるせぇ。姉ちゃんはアドといちゃいちゃしてやがれ」

「なっ!」

 顔を真っ赤にする美帆。だがそれ以上口を開こうとはしなかった。

 すでにメアは入ってしまたのだ。キルピが支配する戦闘領域へと。僕には分かる。今メアの神経は研ぎ澄まされ、集中力は緩やかに高まっているはずだ。

「あら、話はまとまった? あなたが最初? 皆一辺にかかってきてもいいのよ。でも良かった、」

 そういうとキルピは大きな鎌をまるでバトンのように片腕で軽々と地面と垂直に回し始める。その回転に従って、使者のうめき声のような空虚な音が周囲へと響いた。

「私、背後から子供を襲うのは好きじゃないのよね。だから向かってきてくれて本当にありがとう。でも、怯える男の子を嬲るのは大好き」

「ああ、そうかい。俺も恐怖に顔を引きつらせる大人をいびるのは好きだけどな、」

 言い終えると同時に両者の姿が消える。

 ちょうどキルピが座っていた枯れ木の下。どうやらそこが主戦場のようだった。

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