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第十六話 酒場

「さぁ、さぁ、本日最後の試合にして最大最強のカード! 第十二試合。前大会優勝者の栄冠は誰にも譲らないぃぃぃ! 我らがチャンピオン・ノムリィィィィィィィシィィィィィィィィバァスゥゥゥゥゥゥゥ!」

 声が重なり響きあい、会場を埋め尽くす。

 どうやらノムリはこの大会一番の人気らしい。さすが前大会優勝者だ。

「挑戦者は、王者を引き降ろすのに地上へと光臨したまさに大工職人。目にも留まらぬ電光石火で王の牙城を突き崩す。メアァァァァァァァァァ、ノットォォォォォォォォォォォォォ。」

 司会者の熱烈な紹介に対して当のメアはだらっとしながらどこか間の抜けた表情を浮かべる。

「かっ、かっ、かっ。そんなに職人っぽいか、この格好?俺はめちゃ気にいってんだけど。その辺どうよ、おっさん?」

 審判に対するメアの気さくな問いかけは見事に無視された。それを気にすることも様子も無くメアはあいかわらずどこか抜けた感じで笑っている。

「ふん、今のうちだ。その笑顔を数秒で無残な泣き顔にしてやる。」

「けけけっ。おもしれぇな、お前。大体俺の泣き顔なんか見て楽しいのか? おかしな性癖だとおもうけど、そんなお前とでも友情を分かち合えるような気がするぜぃ。どうだい、戦う前に握手。戦い終わっても握手。終わるころには涙の一つでも浮かべれば、たとえ前回優勝したノムリちゃんが負けても同情が集まるってもんだ。クリーン、クリーン、光クリーンなんつって。けっ、けっ、けっ」

「黙れ!」

 ノムリの肩がわなわなと震える。

「どこまで私を愚弄すれば気が済む。もう容赦しない。覚悟しろ」

「けけけっ。それこそ笑い話だ。そっちから喧嘩を吹っかけておいてまるで女子供のような逃げっぷり。いやぁ、俺は逃げることを否定してるわけじゃない。俺だってつらい時や悲しいときは逃げるさ。例えば師匠のおやつを盗み食いした時とかよ。例えば妹のおやつを盗み食いした時とかよ。例えば、」

「ええい、もういい。お前なんかおやつでも食って死んでしまえ!」

「ああっ。その一言、中々秀逸だ。おもしろい。ふぁんたすてぃっく。あえて平仮名表記してみたり、」

 ちょうどその時開始のドラの合図が鳴り響く。

「殺す。我が誇りと名誉にかけて。品格をおとしめるものに死を」

 ノムリの血走る表情とは対照的にメアは「それは喰えるのか」とまるで食いしん坊キャラを開拓したいのかと思うほど気楽そうだった。

 ノムリがその場から一歩飛び下がる。

 その口から言生が練られると、アッというまにノムリの内に力が高まっていくのが分かった。

「去ね、漆黒の大地に広がる死神の大がまに命を狩られ、魂の行方を、深き、深き闇に沈めん。」

 これは果たしてどういった言生だろうか。内容から効果を推測することは難しいが唱え終わると同時にノムリは勝利の確信で満たされてゆくように思われた。

 メアの周囲の空気が黒ずんでゆく。水の中に黒いペンキをたらしたようにじわりじわりと黒い霧がメアを覆いつくそうとしていた。まるで死神がじわりじわりとにじみよっているかのようだ。

 にもかかわらずメアは腕組みをして相変わらずに相変わらずを掛けてもお釣りがくつほど呑気に構えていた。

「ふふははっ。もう手遅れだ。それは猛毒の霧。僅か五分の間に相手を死においやる猛毒だ。それを祓うに方法は二つ。反唱を唱えるか、あるいは俺を倒す、」

 ことだ

 までは聞こえたような気がする。

 メアが消えた。その姿はノムリの背後へ。首を一閃。右手? いや左手か。

 ノムリは地へとへばりついていた。







 その夜、安宿では店主のおじさんが盛大にお祝いをしてくれた。併設された食堂に五つつほどあるテーブルには料理が並び、酒も大量に放出されている。

 簡単に見ただけでも鳥の腿肉の照り焼き、塩焼き、味噌焼き。サラダが五種類ほど。豚の丸焼きに焼き鳥。牛の地中海風ソース和え。からみスープ。ビビンバ。等々。店のお品書きを全て注文したようなものだ。

 そしてその中央のテーブルのさらに真ん中に座らされたのが僕。

 よしてくれぇぇ、と叫びながらも店主の腕力の前に僕は何故か無力で、背中でがっちりと両肩を押さえられているので、今日は逃げられそうに無い。

 店内はというと店の奥にカウンターがあり、その上には暖かい色合いをしたランプがつくりだす濃淡が大衆食堂にあるまじきロマンチックな雰囲気をかもし出している。ランプと同じような光源が天井にも等間隔に設置され、その隙間に縫うように室内の空気を循環させるためのファンがいくつも回っている。

 回転するファンが生み出す空気の流れのおかげか店内の温度は夏にも関わらずまず快適といえる位に保たれていた。店主の話によると食堂の内装は全て奥さんに任せているそうだが、中々センスのある人物には違いない。

「あの、店主さん」

「おう、なんだい坊主」

「これを全部俺が食べるわけ」

 周囲五つのテーブルに山のように揃えられた料理はそれはそれはかなりの量を誇っていた。

「おうよ、といいてぇ所だがこちとら商売だからな。周りに居る皆さんにも食べてもらって、そいつらからはきっちりと金をとるぜ。分かったか、てめぇら!」

『おーっ! おめでとうアドラさん!』

 合唱団のようにはもらせたのは、店の外壁に沿って待機している人だかりで、店内には今では所せましと人が寿司詰め状態だ。カウンターにもテーブルにも。

 ほとんどの人が立っている中自分が座っているのはどこか気まずかった。

 いや正確にいうと座っているのは僕だけではない。僕の左右に一人ずつ人が座っている。それが僕にとってはせめてもの救いだった。

「ほら、兄貴。料理に手を付けてくださいよ。皆まってます」

「おい、おい。その前にベスト四に進出した坊主に挨拶をしてもらおうぜ」

 突然の申し入れに僕が嫌な顔を我慢することができたのかは分からない。

 面倒くさい。病みそうだ。

 自室にでも引き込もって明日の二試合は休んでしまおうか。まったく冗談じゃない。店主は僕のテリトリーをどんどん犯してくる。そこには何の遠慮もなければ配慮も無い。

 あるのはただ僕を祝ってくれようとする心と儲けようとする僅かばかりの商売人魂。それが僕にとって相当窮屈だった。

 だがそうも言ってられず、立ち上がり息を吸い込み肺に空気をためこむと、辺りにいた人たちはしんと静まり僕の一言一句を聞き逃さないように聞き耳を立ててくる。

 本当にこんな中でしゃべらなけらればならないのだろうか。

「え、あ、その。この度はこのような会を開いていただき、真にありがとうございます。ええ、」

 駄目だった。

 頭には霞がかかり、それ以上何も思いつかない。そもそも僕は人前で話すようなタイプではない。むしろ進んで一席ぶつようなキャラとは対極に位置している。

 舌が凍りつき、頭が真っ白になる。

 すると額から嫌な汗が滲み出し、指先をしびれるような感覚が襲った。頭はどんどんと鈍化していくのに、聴覚だけはやたらと鋭くなり、人々の息遣いや、僕に対する期待だけはあますことなく受信してしまう。それを拒否することはできない。


 こんな時兄貴だったらどんなことを言っただろうか。


 神様のきまぐれが僕にその考えを思いつかせた。否それは追い詰められた脳みそが保有する棚の数々を必死に探し回った結果得た回答だったのかもしれない。 

 そっと目を閉じ消えてしまいそうなその姿を思い起こす。腹の下に思いっきり力を加える。そう兄貴ならきっとシニカルな笑みを浮かべて、

「いいか、野郎共! 後二回勝てば優勝だ!」

 こんな強気な発言をしてから、

「でもみんなの力があればそれもぐっと楽になる。だから明日は皆で応援よろしくぅ!乾杯!」

いい終わると同時にグラスを少し高く掲げ、中に入った液体をぐいっと飲みほす。味はまったくといっていいほど分からなかった。ただ冷たい喉越しだけは多分一生忘れないだろう。

「いいぞっ! アドラ」

「もう、お前の優勝は確定だ!」

「絶対応援に行くからね」

 等々。

 店が吹き飛んでしまいそうなほどの多くの声援に体が分解ししまいそうな感覚が全身を襲う。僕はそれに戸惑いながらも酔いしれる。

 はて僕は一体どうしてしまったのだろうか。このような喧騒は僕が一番忌避していたことで、興奮している自分が心底不思議だった。

 それを合図に人々は目の前の料理に手をつけ酒を飲みながら今日の試合を肴に騒ぎ始めた。


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