第十四話 接触
ということで始まってしまいました、トーナメント第一戦。
足元を支える石で出来たリングの感触を確かめながら目の前の人物と対峙する。歓声は昨日よりさらに熱くなり、耳を塞ぎたいと思ったがそれはできない。
昨日までは集団戦だったので少し盛り上がりにかけていたのかもしれないが今日は一対一。観客にはそれぞれ思い入れのある選手もいるだろうし、特定の一人に声援を注ぐものも多いに違いない。
「わしの名前を教えてやろう。わしは源三。世界に三千もの支部を持つ六点抜刀流の開祖にして偉大なる大剣豪、」
キースの顔を捜してみたが流石にこれだけの人数の中から特定の一人を探し出すのは困難なようだ。一万とも二万とも言えない人間たちが全て僕と目の前の対戦相手をあますことなく観戦しているのだ。
それは不思議な感じだった。
「そも、そも、我が流派の起源は凡そ千年も前に溯る。時の豪傑、宮元無座視と長物の達人、笹崎小ジロジロがその雌雄を決するために鬼が島にて決闘をしたのがその始まり。勝敗は時の運というがその通り。朝から始まった真剣勝負は夕方まで続いたそうな。己が切られ、相手を切る。そんな勝負も終りを迎える気配が漂い始めたそのときぃぃ」
どうでもいいがツッコミどころが色々あるなぁ。えーと、一、二、三。
割れんばかりの歓声の中とりとめもないことを考える。
「ばっと切りつけた宮元無座視ぃぃぃぃ。…だがそこで…」
「あの、もう試合、始まっていますよね?」
白髪の老人へと質問する。格好は和装で青い剣道着に灰色の袴。手に持つ鈍く光る銀色の刀はすでに鞘より抜き放たれている。
「何ぃ? 小僧、前大会の準優勝者であるわしを前に死に急ぐかのようなその発言。その度胸褒めてやるといいたい所だが、若さ故の青さよのう」
そういえばキースがなんかそんなことを言ってたな。
「ギブアップの時間をやろうと思ったが、よろしい。その根拠なき自信。小僧自信のためにもわしが叩き折ってやる。かかってきなさい。もさっとかかってきなさい」
「本当にいいの?」
「くどい! 勝負にそのような問答をする暇はない。いいからかかってきなさい!」
老人を相手にするのは気が引けたが、許可を得た以上手を出さないのは失礼というものだ。
足に力を入れ姿勢を低くすると、老人は緩やかに構えた。老人が刀を正眼に構える前に、素早く老人との間合いを詰め、自身の手に持つ刀は老人の額を捕らえる。
「はて?」
老人は少しボケたような口調で何か納得の出来ないものを目にしたように表情が弛緩した。刀から老人の額の感触が伝わってくる。もちろん刀は今日も相変わらず鞘に収めたままだったので血を見るようなことはまずない。
足を踏ん張り体を捻るとわずかに遅れて刀へと力が伝わる。
老人は重心を下に置いた風船のように綺麗に頭から地面へと吹き飛んだ。そのままピクリとも動かなくなり、
「おーと! おーと! 電光石火の一撃でなんと予想に反して勝負を制したのは若干十四歳。ポートン出身のアドラ・バティックだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
司会者の声がさらに遅れて僕の耳を劈くと、今度は本当に鼓膜が破れそうな歓声が僕を包み込み腹まで響く轟きに圧殺されそうになった。
「毎度、毎度。こんな試合ばかりだと楽なんだけどね」
しろ目をむきながら気絶する自称支部を三千もつ開祖を見下ろしながら呟く。
だがその行為にもすぐに飽きて、振り返りその場を後にした。
闘技場を後にして、選手控え室へと続く通路に入ると歓声は見えない膜で覆いこんだように遠くなった。窓から差し込む光が、年代のかかった建物に味のある雰囲気をかもしだしている。
両端の壁は天井に近づくと丸くなり、半円を描いている。壁には等間隔にモザイク画があり、それは天使だったり神だったり。雰囲気に沿ったテーマの絵画に僕は時々立ち止まっては見入っていた。
「おまえ」
美男子な神が赤ん坊をかかえているモザイク画の前で止まっていたところを不意に背後から声かけられたのだが、これはあえて無視した。なによりいきなりお前呼ばわりされる知り合いなどこの町にはいないはず。
いや一人可能性のある人物がいないことも無いことも無いが、それはあくまで女性なので、僕の脳がその声の主を男と判断した以上、これはやはり無視だ。
二度に渡る協議の結果無視確定。
「おい、お前。呼んでいるのが分からないのか」
痺れを切らしたのか、今度は肩をつかまれる。仕方なく圧力の成すがままに背後を向くとそこにはやはり見知らぬ少年がいた。中々の美男子で、美男子ということはそれだけ僕の敵ということになる。
耳に少しかかるほどの金髪に見慣れた格好。いやそれはまだ見慣れたというレベルには達していない。不遜に表現したとしてせいぜい見たことのある格好だ。黒いブレザーに赤いネクタイ。ズボンも真っ黒でやはり濃淡の演出によりチェックの柄が入っている。
魔法学園の生徒。つい数日前に知った名詞と単語の組み合わせだった。
「でそんな名詞と単語が俺に何か用?」
「お前、一体何を言っている!」
少年の端正な顔が歪む。まったく冗談の通じない奴だ。
「いや、こっちの話。それより何か用? 俺の記憶が確かならば君とは初対面のはずだけど。」
「もちろん初対面だがそれがどうかしたか。大体用がなければ話しかけないだろう。まったく阿呆だな、こいつは。なぁ?」
金髪の少年が誰に声かけたかというとその背後にいる二人組みだった。二人は金髪の少年に呼応し、下品に笑う。後ろの二人は緑色の制服を着用している。
「私の名前はノムリ・シーバス。君は先日私の手下をいじめてくれたそうだな」
顎をくいっと動す。その示す先には確かに知った顔があった。昨日の予選で対戦した緑の制服を来たぽっちゃり少年だ。
「ああ、昨日はどうも。腹大丈夫?」
気さくに声をかけると少年は苛めっ子に苛められた苛められっ子のように顔を俯けた。
どうやら嫌われてしまったようだ。それは、当然かもしれない。腹を思いっきり本気で殴ったからしばらくまともな食事は喉を通らないだろう。でも案外ダイエットになっていいようなきもする。
「何をにやにや笑っている。お前名前をアドラとかいったな。アドラ今からお前に制裁を加える。私の手下に手を出した罪は重い」
「ちょ、ちょ、ちょっと、ちょっと。ノムリさんよう。あれは試合の上での出来事だろう。そんな終わったことに対してねちねちと言って来るなんて。そりゃあんまりじゃな、」
「黙れ!」
その一括は通路に反響し五月蠅かった。
それにしても悪役だ。おくする欠片も見せることなく僕の真正面にたたずむ人物は驚くほど天晴れな悪役だった。左右にぽっちゃりと針金の二人の手下を引っさげているのも驚くほどの定番。ここまでくると世界の遺産として、あと千年は後世まで残してやりたくなる。
「だからそのにやにやした顔を辞めろ。こんな奴に我が格式のある学園の名誉を踏みにじられたと想うと私は悔しくて悔しくて、目から火がでる思いだ」
それは新しい必殺技になりそうだ。
あれ?
体が、
動かない。
「気がついたか」
ノムリの顔には邪悪な笑みがあり、僕はその意味を瞬時に理解した。
拘束の言生。
「しまった」
「ほう、口を動かすことができるなどと、中々魔法に対する抵抗力があるようだな」
それは違う。お前の言生が弱いだけだ。どうやら中心の少年が演説を打つ間に後ろにいる二人がこっそりと言生を唱えていたようで、中々綿密な連携プレイだと思わず感心してしまう。
「お前にこの場で制裁を与える。一生刀を握られないようにな」
ノムリの手にはいつの間にかナイフがあった。それはそこらの金物屋で売っていそうなちゃっちなものだが、動けない相手の手を傷つけるには十分すぎる。
「お前を屠り、私の手下のもう一人を苛めてくれた男にも挨拶をしにいかなければならない。頼りの無い手下を持つと苦労するものだ。さて、では、」
ノムリがゆっくりとナイフを持った手を動かしてきた。
さてここで俺はどうするべきか。
口は動く。
ということ反唱の言生を用いて自ら呪縛から解放することもできるのだが、すでに何度か禁じられている言生を使ってしまった身をして、その辺りは悩みどころだった。
当初はイコ爺がどうやって僕が言生をつかっているか監視するのか疑問だったが、どうやらそれはチュー吉を利用しているようだとここ数日になって理解し始めた。故にチュー吉の見ていないところであれば厳密には言生を使うことには問題はない。それにイコ爺は特に試合中にだけその制限の徹底したいらしく、ふらふらと現れたり消えたりするチュー吉も僕の試合にだけにはきっちりとその姿を見せていた。
それ以外の場面ではチュー吉は僕の側にいたりいなかったりだ。そしてここで一番重要な事実は一つ。
斜め上。柱と柱の張りの上。
そこにいるのだ。
「チュー吉ぃ」
勘弁してほしい。一代ピンチだというのに何故お前は僕をそんなつぶらな瞳で僕を見る。なんだ、僕に言生を使って欲しいのか。それとも僕の両手が切り刻まれるのを見たいと思うほどのサドなのか、ちみは。ええい、迷っている暇は無い。
一年を棒に振るか、一生を棒に振るか。答えは決まっている。
「お前ら、」
覚悟しろよ。ここから先は完全に憂さ晴らしだ。アドラ・バティックオンステージだ。
「アンティ、」
ノムリの顔が吹っ飛ぶ。僕はまだ詠唱し終わってない。大体僕が唱えようとした言生とは明らかに効果が異なる。
ノムリの顔面を弾き飛ばし、床に落ちたそれは拳ほどのボールだった。
「弱きを助け悪を挫く」
ずんちゃかちゃちゃちゃーんと明らかに口から成されている安っぽい演出が通路に反響する。
目の前に新たな少年がいた。いつのまにかノムリの手下であるノッポとポッチャリした少年の間でその両者の肩を組み、ニタっとニヒルな笑みを浮かべている。
髪はワックスでも塗っているのか全体的にボサボサ。だぼだぼのズボンに白のタンクトップは工事現場の新入りを思わせた。覗く肩は細いが、隠すことのできない逞しさがあり、全体的に少し日焼けしている。
「駄目だぜぃ。弱いもの苛めは。何より三対一ってのがきにくわん」
けけけっ、となんとも癖のある笑い声を立てると、少年の腕がふっと動いた。両腕をかけていた二人の人物の顔が急接近し、お互いの顔にキスをしたかと想うと、鼻血を出しながら仰向けにひっくり返る。
「さぁ、これで条件は五分だ。お前たち存分に戦うがいい。そして俺を楽しませろ。当然勝った奴には俺への挑戦権が与えられる。けけけけっ。全員返り討ちだけどな」
なんなんだ、こいつは。
「お、お前は。メア・ノット」
言生によって体が動かないので声の下方向に顔だけ向けるとそこには赤い鮮血を鼻の穴の一方からたらしているノムリがいた。
「メアでいいぜ、金髪君。それより、早く。ファイッ、オー、ファイッ」
せかすメア。だが僕はそもそも動くことができないのだからそれは無理な要望だ。
「ふん。これはちょいうどいい。お前も予選で俺の手下をやってくれたよな」
「そ、そんな。いい若いもんが犯るだの犯らないだの。もうよして下さいよ、先輩」
「ええい、辞めろぉぉぉ!」
ノムリは抱きつくメアを振り払うように両腕を高く上げる。
「殺す。コロス」
「おっ、でかく出たな。よし、よし。そっちの剣士の兄ちゃんは後だ。先にこいつが相手だな」
不敵に笑うメア。対するノムリの口元は優雅なものだ。
「去ね、漆黒の、」
うおっ。すごい。見る見るうちに頭上に赤い球体が形成されていく。
てそれは大きすぎだろう。大体こいつが言生を唱える以前から頭上の球体があったような気がする。どうやら二人もそのミニチュアの太陽の存在に気がついたようだ。
時間とともにノムリの意思下にないと思われるその炎の赤い球体は、真っ直ぐとその場に落下する。
もう駄目だと思い目を閉じたのだが身体に何ら燃えるような痛みは無い。そこで瞼をこじ開け冷静に周囲を観察するとどうやらメアがその場から運んでくれたらしい。
一方残されたノムリの手下であるノッポとポッチャリは大将が責任を持って管理したようだ。悪党ながらあっぱれな精神だ。
そんなゆとりも現状を認識するとあっと言う間に消し飛んだ。そのまま無造作に床に放り出されていた訳だが、少し首をそらして上を見ると先ほどいた神様のモザイク画前の空間が完全に消失しているではないか。
焼け焦げた匂いに、登る白煙。僕とノムリとメアがいた半径一メートルが球体状に完全に消し飛んでいる。
「あら、残念。次の対戦相手を屠れるかと思ってたんだけど。あなたが助けるなんて計算外だわ」
思わず耳を塞ぎたくなった。
聞き覚えのある女王のごとき高飛車な声。もはや高飛車という単語はその少女のためにあるのかと思えるほど自然に馴染んでいる。
「お、お前は。中山」
これは誰の声かというと頭上の頭上から聞こえてくるのでノムリのものだろう。二人は同じく魔法学園出身だから知り合いなのかもしれない。
「あなたも、大会以外の場所での私闘は厳禁だって知らないの」
「おっ、そうなのか姉ちゃん。どこの誰だか知らないが、いい言を教えてくれた。サンキュー」
「中山! 無視するな。ちょっと可愛いからって、」
「そう私は可愛い!」
わずかに膨らんだ胸のあたりに轟然と右手をそえ、世界をひれ伏さんとする一喝。あまりにも悠然とし、神がかったモザイクがが僕の目にうつる。
「そんな分かりきったこと今更言わなくても分かってるわ。だからゴミは口を閉じてなさい」
「ぐっ」
僕は少女の辛らつな雑言に思わずノムリに同情してしまった。
「汝を解放する。心を空に、大き、強き扉を解き放て。」
肩にしっとりとした感触があり、体に流れ込んでくる液体のように留まることのない力。
「あれっ」
体が動く。上半身を起こし軽く手を握り開いたが、どうやら異常はなさそうだ。
「もしかして今の、」
「そう、状態回復魔法。感謝なさい。ライバルを助けてあげる私の寛容な心の広さに。」
この少女はさきほど残念とか言っていなかっただろうか。それに相変わらず魔法という言葉は言われるたびに指摘したくなる。
「姉ちゃん年いくつ。俺と付き合わない?」
メアはなんの前触れも無く照れることなくいたって真面目な顔をしながらナンパした。その無神経とも思える図太さを内心うらやましく思った。
一方の美帆も場慣れしているのか、
「子供と弱い人間には興味ないから。年齢は十四。それより、」
半ばパスをスルー気味にやり過ごしながら美帆はノムリへと向き直った。
「あなた相変わらず陰湿ね。切った切られたは勝負において日常茶飯事のことでしょう。それを手下二人がやられたからって、おろおろした挙句に逆切れって、」
「うるさい! そこの二人は我らが魔法学園の品格を落とした。これに対して相応の処罰を加えるのは一生徒として、」
「ふふっ」
美帆は出来の悪い生徒を見下す教師のように手を口に沿えながら声高に笑い声を上げる。
「品格を落としてるのはあ・な・た。これで失格にでもなってみなさいよ。学園の恥どころじゃすまいわよ」
最悪退学だそうだ。それは、それで面白そうだ。
「そりゃあ、おもしろそうだぜ。けけけけっ。エリートの転落ほど喜劇になる題材はないからな」
どうやらメアとは気があいそうだ。
「ほら、笑われてるじゃないの。ああ、恥ずかしい。あなたのようなクラスメイトを助けるんじゃなかった。決着をつけるならリングの上で。これは小学生でも分かる基本でしょ。ねぇ」
美帆はそのキュートな瞳でこちらを見ながら同意を求めてきた。ここで慌てては男がすたるというやつだ。
一つ短く深呼吸し腕をゆっくりと組み反り返りながら、
「けけけけっ。その通りだ姉ちゃん。いいこと言うぜ。優勝するのは俺だけどな」
膝から力が抜けた。ちんたらしている間にメアに先を越されてしまった。
「ふふ。その自信が過信に繋がらないといいわね。」
挑発するような視線をメアへと向け、ついでとばかりに哀れみの視線を僕へと向け、美帆は髪をふわっと浮かせながら振り返ると来た道を引き返した。
後に残されたのは気まずい空気だった。
「俺は一回戦を突破した。次はメアお前の番だ。それからメアを倒したら決勝ではお前だアドラ。せいぜいあのじゃじゃ馬に足を掬われないようにするんだな」
そういうとノムリは美帆とは逆方向、選手控え室のある方向へ消えていった。その両手には当人が手下と呼んでいたノッポとポッチャリの二人をひきずっている。
「けけっ。魔法使いの癖にあいつ意外と力があるんだな」
「美帆ちゃん十四歳かぁ」
あの強気な性格はなんとも魅力的だった。それにしてもあれだけの傑物だと彼氏などごろごろいそうなものだが、
「なんだアドラちゃん。あの女に魂でも抜かれたのかい」
「ぐぬ」
あまりにもぽぅとしていたためメアの存在をすっかり失念していた。メアは親しげに肩を組んで、まさに僕をいじろうという体勢に入っている。
「そんなこと無いって。お、俺はもっとおしとやかな、大和撫子な女性がいいんだよ」
「また、まぁぁた」
首に巻きつくメアの腕に力が入る。
「十三点だな。言い訳下手だねぇ、アドラちゃんは。正直にならないと人生そんするぜぃ。アドラちゃんの下半身も腐っちまうしねぇ。嫌だろう。あん、嫌だろう」
「うるせぇ。大きなお世話だ。大体誰だよ、お前」
「けけっ。あれ、さっきの話し聞いてなかったのかな。まあ、いいや。人間って初見が大事だしな。人は見た目が九割ってか。俺はそうは思わないぜぃ。でも、いいや。俺はメア・ノット。よろしくぅ」
開いた手で握手を求めてきた。これは振り払うべきだろうか。
「お、俺はアドラ。アドラ・バティック。よ、よろしく」
「けっけっけっ。知ってるよアドラちゃん。で、どうよ。次は美帆ちゃんとだろう。まるでロミオとジュリエットだな。二人は結ばれることの無い永遠の愛をうんたらってか。最高だぜぃ。俺見てる。俺見てるよ!」
「ああ、もう五月蠅い」
強引な押し売りのようなしつこさだった。
「当然余裕で俺が勝つさ。そりゃ相手は多少言生が使えるのかもしれないけど、」
僕から見たらそのレベルは子供も同然だ。僕は小さなころから化け物のような生物とマンツーマンで特訓を重ねてきた。そんな僕から見たら魔法学園のエリートも巻尺の中の一センチのようなものだ。
それだけに自分で言生を使えないのはこの上なく歯痒い。
「へぇ、結構な自信じゃん。いかす。アドラちゃんイカスぜぃ」
するとメアはぱっと離れた。
「ちなみにアドラちゃんは年幾つ?」
「だからその呼び方辞めろって。先月の誕生日で十四だよ。それがどうした?」
「そこ。そこがいけない。普通聞き返してくれるだろう。君年幾つ。僕○○。君は? ってな感じで。有り得ねぇ。まじ超寂しい。うわぁ、これもう死語だろう。超とかって言っちまったよ。最悪だよ。」
途端にしゅんと肩を落とす。そのあまりの落胆振りに、
「ああ、ごめん。悪い。メアは年いくつだよ?」
「ふふん。やっぱりいい奴だなぁ、アドちんは。印象と性格がぴったり一致だよ。レア、レア。よく言えば分かりやすい。悪く言えば単純。成績表には協調性はありますが、もう少し積極的に物事に取り組みましょうとか書かれてそう。けっけっけっ」
「ああ、左様ですか。じゃあな」
死ね。一度死んでしまえ。
「ああ。アドラちゃん。俺もちなみに十四。案外互いに気が合うかもな。決勝で会おう」
メアの声に僕は後ろを振り返った。そこにはすでにメアの姿は無い。
「まったく」
急に頭がむず痒くなり、力任せに掻き毟る。すると僕の目の前にネズミがぱたぱたと飛んできた。全てのややこしいイベントが綺麗なまでに終了したのを確認してからやってきた、というような見事なタイミングだった。
「たくっ。お前のせいでえらい目にあったんだぞ。まったく反省しろ。反省を」
「ちゅー。」
そのくったくのない二つ目に毒気を抜かれ僕は思わずその首根っこを掴み、自分の胸元へと抱き寄せる。頭をなでると、その毛ざわりがとても心地よかった。
気がつくと僕の顔には笑顔があった。
なんでだろう?
先ほどのやりとりで何か嬉しいことがあったのかと思い返して見る。しかし今浮かべているような満面の笑みを浮かべるほどの根拠は無かった。
とりあえずその問題は棚上げするとして、僕は選手の控え室へと向かった。
同年代の子供と話をしたことが無かった僕にとってそれは始めての経験だった。そしてそれは明らかに僕の内面を明るくし、この接触が感覚的身体にプラスの作用を示したのだと僕が気がついたのはずっと、ずっと後のことだった。