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第十三話 好敵手

「すごいっすよ、兄貴。圧勝じゃないっすか」

 相変わらず年下の僕に敬語をつかってくるスキンヘッド。

「アドラ・バティック。この名前は今年絶対話題になりますって。あ、俺キースっていいます。キースって気軽に呼び捨てにしてください」

 スキンへッド、キース。やはり目にかけているグラサンが威圧的だ。

 試合が終わると明日の日程が説明され、あっけなく解放された。なによりうれしかったのが、僕が一瞬で勝負を決めたため、隣の少女よりも先に試合が終わったことだ。それを見て少女は慌てたようだが、時すでに遅し。少女の腕力ではどうがんばっても大人を地につかすにはそれなりに時間がかかってしまう。

「前もいったけどさぁ、兄貴ってのは辞めろよ。あんた俺よりも年上だろう」

「二十四っす」

 腕を組み反りかえるキースはなんと十分の一世紀も僕より年上だった。

「でも、それとこれとは話が別っすよ。俺強い人には憧れるんです。だから毎年この大会も欠かさずチェックしてたんですけど、まさか自分が大会参加者、しかもベスト十六に上がるような勇者に絡むなんて想像もしてませんでした。感激っす」

 大雑把に笑うキースだが、僕が極悪卑劣な冷血漢だったら一体この男はどうしていたのだろうか。まったくその楽天的な性格はほとほとうらやましい。

「それより他の試合はどうなった」

 キースはニュークオウで開催されるこの大会のマニアらしく、情報にたけていた。少し迷ったが、僕はその情報力を有効利用することにした。

「へい。まだ全部は出揃っていませんが、集団戦を前に圧倒的な実力差で勝ちあがったのは三人ですね」

 もちろん兄貴は除いてますとキースは付け足す。

「まずは、ブロックAにして去年の優勝者。ノムリ・シーバス。通称ダーク・ノムリ。魔法学園の生徒で黒い制服を着ている所がその名の由来です。あっ、ちなみに男です。一応面は良い方なんですけど性格が冷酷とも思えるほど冷静沈着なんっすよ。ダークって単語はその辺からもきているようです。でも実力は去年の優勝者だけあって折り紙つきです。今大会も優勝候補ナンバーワンと言われています」

 ふん、ふん。それはぜひとも手合わせ願いたい。

「それからMブロックの美帆中山。この子も魔法学園の生徒らしく、魔法を駆使した戦いっぷりは圧倒的でした。ほら、兄貴の横で豪快な試合展開を繰り広げた女の子ですよ。見ませんでした?」

「ああ、あいつね」

 苦渋の表情を浮かべながらその人物像を思い起こす。よりにもよってこちらを挑発してきやがった性悪女だ。

「大会初出場ですけど、たった一日で熱烈なファンが急増中です。どうやらあの東洋系の神秘的な可愛さが、観衆の男どもの間で見事にツボったようですね。何も隠そう自分も大ファンになりました」

 言い終わる同時にキースは上着をばっとめくる。

 中山美帆命!

 そのストレートな五文字に僕は思わず眉をしかめた。疲れる。こいつといると疲れる。せっかくの機会なので少女の本性をばらしてしまおうかと思ったが、いかつい顔一杯に広がる緩みきった表情が僕の考えを押し留めた。

 あえて当人の幸せをぶち壊すこともないだろう。知らない方が幸せということも世の中にはたくさんある。

「順当にいけば、兄貴とは二回戦であたります。つまり明日の二戦目ですね」

 キースは初戦の勝利を疑っていないようだ。

 トーナメントに入ると一日二試合あるらしい。つまり勝ち抜くことができれば、明日二回試合をして、あさってにさらに二試合する。計四回勝ち抜けば優勝というわけだ。

「後は……そうですね。こいつは口にするのもおぞましいんですけど。」

「?」

「スマイリング・キルピ。とおり名ですがその名の通り顔には常に笑顔がある奴なんですけど、」

 どうもキースはいいあぐねているようだ。先ほどから喉元に骨でもささってるように歯切れが悪い。

「なんだよ。そいつ、もの凄い実力者なのかい?」

「実力は確かにあります。大会には三度目の参加なんですけど、優勝したことは一度も無く、大体予選を突破した後、一、二回勝ち抜くってのがいつものパターンなんですけど、」

「けどけどうるせぇぞ。けどなんだよ。要点を絞って教えてくれよな」

「へ、へい。その、なんですか。そいつがこれなんですよ」

「これ?」

「あの・・・つまりこれです。」

 言いながらキースは自らの片手を顔の側に立てる。手の平は外。手の甲は内。

「なんだよ、それ?」

「ああ、もう兄貴は、兄貴は本当に鈍い」

 じれったそうに言われたその一言は、以前にも似たようなことを言われた記憶がある。

「つまりオカマってことです」

 おかま?

 お釜。

「お釜ってあの米を炊くあれか?」

「こんな時にボケて誰も突っ込んでくれませんよ。本当に分からないんですか? なんだかさっきからわざと茶化されてるような気がして仕方がないんですけど。」

 いや、いや。

 ホモ、オカマ、同性愛者。

 知らない、知らない。

 少なくとも僕の人生の中でそれに遭遇したことは無い。

「要するにあれだろう、」

「そうですあれです。話が進まないんで勝手に進めますよ。それでそのキルピですが今年も余裕で予選を突破しました。リング上にいた選手は全員死亡。大きなデスサイズのような武器で顔色一つ変えることなく惨殺です」

 話がいきなりシリアスになった。とどのつまり皆殺し。相手を躊躇することなく殺せる人間ということになる。

「でも、優勝したことはないんだろう」

 それは裏を返せば大した実力では無いということになる。幾ら殺しの技術に長けていようが、一対一で勝ちあがれないのならばその実力はたかがしれるというものだ。

 だが僕の考えをキースは即座に否定した。

「いえ、それがそうでも無いんです。キルピはある地点まで戦うとそこで、自分から突然リタイアしてしまうんですよ。だから優勝は無い。というよりもしかしたらこの大会を遊び程度に考えているのかもしれません。」

「ということは快楽殺人癖があるのかも」

 大会に参加する選手は自分の身になにがあてっも構わないといった内容の誓約書に署名する。これはつまり仮にここで殺されても、誰にも文句をつけられないということだ。それは自分だけでなく対戦する相手にも言えることで、ルールにのっとれば殺すことも善しとなってしまう。

 当然大会をそのような殺し合いの場にしないためにも、試合にはいくつかのルールがあり、それは自らギブアップを宣言したらそこで試合が終わるだとか。場外テンカウントで負けだとか。

 あるいは明日から始まるトナーメントにはジャッジがつくらしく、ジャッジが試合続行不可能と判断した場合にはその試合が強制的に終わってしまう。そういった安全措置のような規則が盛り込まれている。

 それにしても人と人の争いにおいて怪我は必須で、最悪の場合死者がでることもあるそうで、

「キルピはそれを無視するかのように一瞬のうちに殺します。だから相当やばいやつです」

 しゃべりながらも僕とキースは闘技場の観覧席へと移動していた。どうやら最後に二試合ほど残っているらしい。それを見学して帰るのも悪くないと思い、大会参加者はフリーパスらしく通路の端へと立ち闘技場へと視線を落とす。

「泥試合っすね」

 確かにその通りだった。闘技場を見ると真ん中と向かって右のリングの上に選手を見ることができる。中央ではすでに予選がはじまっていて、人が三つのほどの固まりになって乱戦を繰りひろげていた。

 さしてあげる特徴もない。一際際立っているのが全身ムキムキのボディビルダのような男だが、公平な観点からどうがんばって評価してもイコ爺に課されたランクBの試練にはほど遠い。

「あっ、最後の試合が始まりましたよ」

 そでを引っ張られ端のリングへと目を向ける。

「はっ?」

 自分の目を疑った。僕の視線の先にはすでに無数の人間が人形のように転がっており、試合が終わっているではないか。

 だが確かにさっきまで試合は始まっていなかった。そして開始の合図である重厚な和太鼓の音もキースに袖を引っ張られたのもほとんど同時だったはずだ。

 それなのに決着はすでについていた。しかも合図があって振り向くまでの僅かな間に。

 中央に立つ人影。

 はっきりとは確認できないがそれはどうやら少年のようで、年齢に換算すると僕と同じか少し上のように見える。

「おいキース。どうなっってんだ?」

「いや、それが自分もリングを見たら終わってて」

 なんと役に立たない男だ。仕方ないのでいつの間にか立ち上る周囲のざわめきに耳を傾けた。

「信じられねぇ」

「おい、一体どうなったんだ。俺見てなかったよ」

「いや、俺もはっきりとは。ただ試合開始の合図がなったと思ったら、消えたんだよ。中央にいた坊主が。そんでもって瞬きをしてる間にもう試合が終わってた。坊主は元の位置にしるし。まったく何がなんだが」

 というのが試合の全貌らしく、他に二、三会話を立ち聞きした結果、あらかた同じような情報しか得ることができなかった。







 宿への帰り道。

 人ごみは相変わらずだがキースがその強面と恵まれた体格を駆使して帰路を確保してくれた。

「どうやら強敵出現のようっすね」

 周囲の雑踏による膨大なノイズに負けないようにキースはやや声高に話しかけてくる。

 まったくその通りだ。一体あの少年は何をしたのだろうか。単純にスピードで勝負を決めたとは考えにくい。なにせあれだけの人が見ている中、その全ての人間に「消えた」と述懐させてしまうほどなのだから。となると考えられる可能性は一つ。

 宿が見えてきて、ほっとする。

 古い両開きの戸を開け中に入ると中も中々の人だかりで、どうやら宿屋としては繁盛しているようだ。

「お、アドラ。お帰り!」

 店主は僕の存在を確認すると腹を揺らしながら僕の元へと駆け寄ってきた。

「どうだった?」

 主語と述語が抜けているが、その意図は容易に推測できた。

「ああ、予選なら突破したよ」

 努めてそっけなくいったつもりだったが、店主の顔が見る見る緩んでいく。あっ、やばいかなっと思った時には大抵の場合手遅れで、

「おおおおおおおお! そうか、そうか。予選を勝ち抜いたのか。それはすごい。いやーすごい」

 頼むから大声でどならないで下さい。少し、いやすっごく恥ずかしいデス。

 僕の意図は宿屋の主には伝わらない。

「おい、聞いてくれ。俺の宿に宿泊した選手が予選を突破しちまったよ。すげぇだろう、すげぇだろう!」

 力一杯を背中を叩かれ、少し噎せこむ。

 ロビーに位置する十五メートル四方の室内に響き渡るような大声。ソファに座り新聞を読んでいる客や隣の食堂に向かおうとする客。その全ての動作がぴたっと止まり一瞬で衆目の注目がこちらへと注がれた。

「おい、本当かい。俺はあんたとこんな小さい頃からの知り合いだったがそんなこと一度も無かったじゃないか」

「そりゃ、すごい。光栄じゃな。どれどれ、お顔を拝見」

 息つく暇も無く周囲に人だかりができた。年齢層の高い顔の群れ。知らぬ間に握手を求められ、知らぬ間にべたべたと頭を叩かれ、知らぬ間に記念撮影を迫られた。

 面倒臭くなり抜け出そうとしたが、人垣には隙間も無ければ隙もない。

「おう、おう。俺の兄貴だ。すげぇだろう」

「ほうほう、あなたのお兄さんですか。それは、いいお兄さんをお持ちになって」

「しかし七人抜きとはすごいですなぁ」

「よーし、おめぇは今日から食事代と宿代はただだ。喜べ坊主。がはははははっ」

「剣術は一体どこで習われたのですかな」

「それにしてもこんな安宿にまさか選手が宿泊しているなんて夢にも思いませんでしたよ。これもいい記念ですなぁ。これからこの町にくる時はこの宿にお世話になることにしますよ」

「彼女俺のことが好きなのかなぁ」

「あんた、すげぇよ。俺より年下だろ。俺も鍛えるかな。今からでも遅くないよな。あんたもそう思うだろう」

「よーーし。俺も明日は応援にいくぞっ!」

 これは……やばい。

 小耳に挟んだ話だが、ほとんどの選手はこんな安宿には宿泊せずにちゃんとしたホテルに宿泊するそうだ。それが何故かは分からなかったが、今では遺憾なく理解できる。

 話は伝播し、地方の町で開催される大会の人気ぶりを証明するように外から人が宿の中へと流れ込む。僕はそこから逃れることもできず、かといって人でできた壁を愛刀で切り進むこともできるはずもなく、完全にお手上げ状態だ。

 だんだんと腹が立ってくる。

 僕は疲れていた。確かに簡単に勝利を収めることができたように見えたかもしれないが、結構神経は磨り減っていた。それに慣れない人ごみも好きではない。

 イライライライライライライライライライラ。

 自らの口を少し動かす。

 それは熱気を切り裂くようにして、誰にも気づかれることなくその耳へと届いたはずだ。すると僕の周囲の数名の人間が白目を向き、その場にばたっと倒れた。

「おい、おい。興奮しすぎて、倒れちまったじゃねぇか。お前たちもそろそろ帰ぇんな。坊主だってつかれてるんだ。休ませてやりなよ」

 突然の出来事にもかかわらず店主は落ち着いて対応した。倒れた人は数人で、店主はその場で馬鹿騒ぎしていた若者に運ぶのを手伝わせる。

「兄貴、飯いきましょうぜ。どうせ隣で食うんでしょ」

 キースが僕の背中を押す。それに抵抗する気力はどこにも残されていない。







 翌朝。

 昨日よりさらに一時間早く起きた。もう遅刻しそうになるのはごめんだ。

 部屋から外の景色はすでに見慣れたものとなっていた。雀の鳴き声が建物と建物の間から差し込む朝日に装飾される。どうやらここは東向きの部屋だったようで昨日はそんなことにも気がつかなかった。

 階段を降りて、店主に挨拶し、朝食をとり、そのまま出発する。

 一時間早いというだけで、人通りは大分少なかった。もっとも少ないといえど、それは僕の住んでいた村よりも数倍も多いのだが。荷を積んだロバとすれ違いながら、石畳を進む。

「兄貴―!」

 聞き覚えのある声に振り返ると予想したとおりに見覚えのある顔があった。

「おはようございます。早いんですね、今日は」

「ああ、昨日の一件で懲りた」

 憮然として答える。

「そういえば、昨日の少年の名前が分かりましたよ。メア・ノット。どうやら隣町の小さな道場の出身のようですね」

「道場?」

 自分の耳を疑った。

「ってことは、あれか。あいつは言生師じゃなくて、格闘技?」

「なんですか、そのゲンショウシってのは。よくわからないですけど、そうです。あいつはどうやら格闘技に精通しているようですね」

 それにしてもあの素早さはないだろう。まさか目にも留まらぬスピードを体現する人間が存在するとは。

「ってことは俺は魔法学園の生徒二人。オカマ。謎の格闘少年、全員と戦わなきゃいけないのかよ」

 ため息がでた。この面子の中で自分の剣技がどれほど通じるか甚だ疑問だ。だがキースは僕の口から漏れた憂鬱を即座に打ち消した。

「いえ、いえ。全員と戦う必要は無いと思いますよ。ノムリ・シーバスとキルピ。それから昨日の最後の試合に出てたメア・ノットは完全に反対ブロックですから。三人は互いに潰しあいますんで、戦うとすればその内の一人になると思いますよ」

「なぬ」

 それは少年漫画にあるまじき展開。いや、僕にとっては好都合か。

「それにしても、今年はレベルが高いっすよ。去年なんか目じゃないっすね。そういう意味じゃ大会もいつになく盛り上がっていますし、オッズもいつになく逼迫してます」

「オッズ?」

「いえ、いえ。こちらの話です」

 キースは目の前のハエを追い払うように手を揺らして、自らの発言を否定する。

「盛り上がらんでいいのに」

「どうしてですか?」

「いやこっちの話。俺は優勝しないと相当に立場がね」

「はい。よく分からないですけど自分は兄貴の優勝をゾウリムシの排出物ほどもうたがっていません」

 いやな例えだ。

 イコ爺は僕にさらっと優勝してこいといっていた。こんな地方の大会にそれほどの実力の選手が集まるとは思わなかったのだろう。

 だがふと脳裏に納豆のようにねっとりとした嫌な考えが浮んだ。もしかしたら、この面子もイコ爺が用意した罠の一つなのではないか。僕を蹴落とすために周到に準備した強者たちなのではないのか、と。

 それは多分考えすぎだろうが、その可能性を完全に否定することは難しい。

 何せ相手は地上のどの生物よりも長く生き続けている竜なのだ。その抜け出た知能は天井を見ることのできない青い空のように際限が無い。

 そしてもう一度ため息をつく。

 つくづく。

 つくづく思ってしまう。

 言生が使えたらなぁ、と。

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