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図書廻廊―Side Seventh sins-  作者: 雨天音
第一章 雨がやむまで編
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第9頁 番人の執事

「『図書廻廊』?あの蔦は、それを守ってるの?」

「正確には、そこにつながる『扉』であるここを、ですけれどね。私はその番人なのです」

石造りの廊下を、少女に手を引かれながら彼方は歩く。

このご時世に廊下を照らすのは燭台、というところはまさに、古い城のようだった。

「この『オルフェウス』は、今説明した『図書廻廊』に繋がる扉の役割を果たしています。基本的に、あの山には人避けの術が掛かっていて、ご存じのとおり一般人は入れないようになっているのですけれど。…けれど時折いるんですよ。その術すら捻じ曲げるほどに、強い望みを抱いた者が」

少女は背を向けたまま、語る。だから表情は分からない。

「けれど、人に許されている望みの限度は限られています。まして世界に、干渉するなどと」

おこがましい、と酷薄に呟く声は、響く靴音のように渇いていた。

「ここは、欲望の墓場。人間の傲慢と、強欲の果てに行きつく末路、なのですわ」

「…なら、僕も裁かれるの」

身体の傷は、出血と痛みがなくなっただけだ。触れればじくり、と生々しい感触を放つ。

けれど彼女は、一転微笑んだ。いたずらを咎める母のような、顔で。

「いいえ。あなたは、『特別』ですから」

そして、足を止めた。

その背中越しに彼方が見たのは、荘厳な大広間。

奥には半円形の噴水があり、白色のやはり石造、今は動きを止めていた。

そして壁には、噴水がある場所以外にびっしりと、文字が刻まれている。

それは部屋の豪華さを貧相にはせず、むしろ一種の装飾として立派な存在感を放っていた。

「あれが、先祖より伝わる『三大名家』と『図書廻廊』の相克する歴史、ですわ」

びっしりと掘られた文字は間近に寄っても、読むことはかなわない。何処の国の言葉だ、と悩みながら眉間にしわを寄せる彼を見、ついにアテネはぷっと吹き出した。

「あはっ、そんなに難しい顔をしなくても、いいじゃありませんか」

くすくすと上品に、それでも楽しげに笑う彼女は先刻まで説明していたときのような大人びた雰囲気は影をひそめ、年相応の無邪気な子供のようだった。

「ふふ。それに読めなくても、仕方ありませんわ。ロシア語ですもの」

「―――ロシア!?」

「ええ。わたくしの見た目からお分かりいただけると思いますけど、海王夜の祖先はの国から渡り来ているとされます」

シャンデリアに照らされて白く光る、金の髪。たしかに顔の彫りも深い。見目麗しさの方にばかり気を取られていたから、意識していなかったけれど……って、別に不純な意味じゃなくて。

「…どうかなさいました?」

そんなことを考えてる時に顔を覗き込まれたものだから、彼の心拍数は格段に跳ね上がった。

「ななななんでも!?」

顔が熱いのは思い切りどもったからか、別の理由か。

「そ、それよりっ!そんな重大な秘密を、僕みたいな一般人に教えてしまっていいんですか?」

動揺を隠すため、覚えず敬語になる。それを知ってか知らずか、彼女の方が首を傾げた。

「…先ほども言いましたが、あなたは『特別』ですから」

そして、ついと壁画の一部を示す。

「ここの文、んでくださいます?」

「ええ!?だ、だから僕、ロシア語読めませんよっ?」

「読む必要はありません。『詠む』のですから。…先刻、入口で私が唱えた言葉を、覚えてます?」

「え…と」

いぶかしみつつも素直に記憶を掘り返せば

―――なんだっけ、『我が恋人はニガヨモギ』?

心の中で呟けば、意味不明だった文字列がするりと、頭の中にすべり込んできた。耳元で、誰かが唄ったように、囁いたように。

「え…今の声、君ですか?」

「さあ?どうでしょう」

首をかしげる少女の口元は、いたずらっぽい笑みに飾られている。

「それよりも、さあ。詠んで」

促されて再度読む―――いや、彼女に言わせれば『詠む』か―――と、

「『……廻廊と現世うつしよの橋渡し。船は名家、船頭は従家じゅうけ。名家に仕えし三つのもりは、花と、月と、それから雨』…って、雨?」

川のせせらぎか、あるいは霧雨の音のように訳文を囁く声を、とりあえず意識の片隅に置き、呟く。

「そう」

対して少女は満足げだ。

「我が海王夜家含む三大名家、そしてそれぞれの従家、通称『みつもり』の人間のみが干渉できる此処、『図書廻廊』に故ある空間に干渉できたのは、あなたのその血筋ゆえですわ」




「雨宮は100年前に、壊滅寸前にまで追い込まれました」

襲撃された邸を守るため、一族の主要な人間が先陣に出、結果その全てがさらし首となった。他家にも被害は大きく広がっていたが、その中でも雨宮の主力陣を喪失したのは痛手だった。

残された者らも大概は殺され、躯をさらさずに済んだのは一族の中でも『三つ杜』を継ぐ資格のない者達ばかりだったらしい。

「結果、他二家の白い目もあって、事実上雨宮家は『三つ杜』から除名されたんですよ。もちろん、ここに書かれるように『三つ杜』は太古から決まっていて、我々の一存でほかの家を迎えるわけにはいきませんから、実質的には隠退していただいた、ということらしいですが」

それでも、任されていた仕事から解かれ路頭に放り出された当時の雨宮の人間は、相当苦労しただろう。確認が取れただけでも、生き残ったうちの半数以上が解雇された年のうちに、事故か自害で命を落としている。

「『資格』とは、どういうものですか?」

「…此処、『図書廻廊』に関する物事にかかわれること、ですわ。普通の人は干渉どころか、侵入すらできないはずですから」

あの山のように。

つまりその力…アテネの言うところの『資格』がない以上、当然『図書廻廊』に故ある仕事はできない。足を引っ張らないためにも、『三つ杜』から抜けるのは当然だろう。

その上、親族がばたばたと死んでいくのだ、彼方の両親のように退廃的な生活をしていても頷ける。

「今はじめて、あの人たちが何から酒に逃げていたのか理解しましたよ」

したり顔で頷いていると、軽く傘で後頭部を叩かれた。少女は頬をふくらませて、「聞きなさい」という。

「すみません…。えと、それから100年後、僕や父がこの力に目覚めたんですね、隔世遺伝か何かで」

遥が目覚めたのは最近…おそらくは、隣が激昂して彼を襲った日。彼方に仕事を持ちかけた日だ。

「なにたくらんでんだ…父さん」

まあ、帰って聞けばいいか。

そう呟いて目線を上げると、なぜか少女が泣きそうな気がした。

細い肩が震え、瞳は涙を溜めている気がしたのだ。

慌てて目をしばたくと、幻覚だったのかと思うほど少女の表情は消えていた。

淡々とした顔と声で、しかし声は、未だ熱を抱いて少女は、言った。

「…カナタ、お願いがあります」

へ、と目をしばたけば、海王夜家頭首の少女は端正な面立ちを気弱げに崩して、

「私の執事を…してくださいませんか?」

と小さく、問いかけた。

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