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図書廻廊―Side Seventh sins-  作者: 雨天音
第一章 雨がやむまで編
14/29

第14頁 雨宮遥の採点。

月光を背景バックに、雇い主が立っていた。表情は分からない。

けれど彼方は、彼が泣いているのだと、直感で分かった。

次の瞬間、衣服がしわになるくらいに抱きしめられた。震える手、唸り声。どれも過去に見たことのない、すめらぎじゅうじの姿だった。

それを背後からにやついて見つめる、父。

「皇は彼方君が行方不明になってから、ずっとあの山を中心に探していてくれたんだよ」

「だって…僕の責任で、君になにかあったらって」

華をぐずつかせながら、離れて、笑む。

「よかった、無事で」

まるで、どんな場所に行ったのか分かっている口調だ。

「……父さんも、スメラギも。僕じゃなくて、図書廻廊が…海王夜アテネの管理する扉が欲しいんでしょう?だから、僕を懐柔しようと、するんでしょう」

「だからなんのことさ」

流暢に答えるは、父。それを睨み付けて

「あなたが『三つ杜』の資格を得ていることは、手紙を見れば一目瞭然なんですよ」

垣間見た手紙、記されていた文字は全て、あの壁画のそれと同じ。資格がなければ文字だった。

「普通に僕がロシア語読めるって線は、ないわけ?」

「僕が解読できている時点で、却下ですね。ついでに、主人アテネさまは父さんが先日、幾度か山に登っているのに気付いてましたよ。その記録映像と合わせて考えれば、証拠は歴然です」

肩をすくめる父親に、冷徹に返す息子。それを脇から茫然と見つめる、第三者。

「稚拙な論理だねえ。君の言うところの、映像?で僕が山に登れることが証明されるなら、必然的に彼方君を懐柔しなくても、何の問題もないことも証明されると思うのだけれど」

「…山に登れて、あの蔦に触れられても、『オルフェウス』には入れないんでしょう?一人では」

ぴくり、と遥の眉が跳ねる。

「どうしてか資格を有した『雨宮』であることを公にしたくないんでしょう?父さんは。だから、彼女が物心つくまで限定で面倒を見て、『トワ』なんて偽名を名乗って、姿を眩ました。はるか永久とわちょっと考えりゃアテネさまでなくても解りますよ」

その間、実の息子達の養育は放棄して。

「僕を派遣したのは、偵察の意味もあったんでしょう。けれどそれ以上に」

息子を通して自分を彼女が思い出した時に、きっと彼女は自分を迎えに寄越すことを分かっていたから。今更ながら彼方は、自分が父親とうり二つであることを自覚した。

「自分から『雨宮』を名乗れない限り、中に閉じこもった彼女とのツールを作るしか、方法はない」

そのための、自分。

最初から最後まで徹底徹尾、彼方は遥にとって道具でしかない。

―――パン、パン、パン。

響いた拍手は、スメラギのもの。

「御名答、やっぱりバイト君は賢いねえ」

薄ら笑いを作り笑いを浮かべたまま、視線は息子から父へ。

「隠し通せないよ、遥。2回戦は僕らの負けだよ」

「…みたいだね」

仕方ない、とばかりに肩を落とし息を吐き、うつむく父は相変わらず嘘くさい笑顔。

だが、父は決して嘘をつかない。逃げ場を封じれば、雨宮遥は真実を吐かざるを得ないのだ。

「認めよう、君はこの5日…いや、『あそこ』では一か月くらいか。それだけの期間で君は立派になった。間違いなく、君は執事に成れた。この僕が保証しよう!」

どこか誇らしげに、そして自慢げに、父親は謳うように、敗北宣言する。

「だから、最終決戦だ」

と同時に、開幕宣言も、したのだ。

背後に回られたのは一瞬。黒づくめの服を好む上司が、闇から腕を伸ばす。瞬時に拘束され、父親と目線を合わさせられる。

虚ろだ。そんな感想を抱いた。

どこまでも透明で無色で無感動で無味乾燥とした、冬の池に張った氷のような瞳。

触れれば割れそうな、そのくせしっかり此方こちらを映す。

「僕は『雨宮』には成れない。資格が有っても、幾ら金を積まれても。動機は、そう」

どこかで見たように、ふわりと哂った。

「『三大名家をぶっ壊す』ために」





体術と剣術の基礎程度は、『オルフェウス』の生活で習ったものの所詮付け焼刃。

常に肉体を使う『探偵』という職業にある皇と、ボウガンを片手で打ち落とす程度に腕の立つ父。

「勝てる気がしない…」

「だろうね」

聞こえないように呟いたつもりが、聞こえてしまったようだ。

くすくすと、相変わらず少女のように笑いながら、横から放たれる矢の雨を彼方を抱えたのとは逆の手で払う父に、やっぱり彼方は勝つどころか抜け出す自信もわかなかった。

「しょうがないよ。潜り抜けてきた修羅場の数が、違うってね」

言いながら木の枝で矢を防ぐ皇は、若干の擦り傷が目立つもののやっぱり元気そうだ。血だらけになって登っていた自分とは大違い。

「ていうか、なんでスメラギ普通に登れてるんですか」

「ん?あれだよ、もう一つのここに来る方法」

「は」

「不思議に思わないかい?皇ほどの『願い』があれば、とっくにひずみは生み出せそうだけど」

「あ…」

そうだ。彼の言うところの『可愛い女の子(=アテネ?)がほしい』という願い、そしてあの山を必死に上り下りしていたときの表情。

「これでもセーブしてたんだよ。それに、ここ最近はバイト君の捜索を念頭に、登ってたし」

「『思う念力岩をも通』されちゃ困ったんだよ、来るときが来るまでは」

口をそろえて言うあたり、やはりこの二人は仲がいいんだな、と思考が逸れる。

まあ、仲がよくなきゃいくら仕事場の炊事をしてもらっても、友人の家の金銭援助なんて、そうそうしないだろうけど。

「ようこそ、かつての従僕とその御供達」

ふふ、と凄烈に笑う、声が響いた。

うつむいていた目線を上げれば、いつのまにか頂上に着いていて。

相変わらずの月光を背景に、己の主人が傘をさして立っているのを、見た。

あけましておめでとうございます。

本年度もよろしくお願いします。

物語と登場人物たちの行く末を見守ってくだされば、幸いです。

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