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図書廻廊―Side Seventh sins-  作者: 雨天音
序章 A side of guardian
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第1頁 図書廻廊の守護獣

そして少女は、銃口を向けた。

「言い残すことは、あるか」

相対する男はがたがたと身を震わせ噛み合わない歯を鳴らしている。銃弾を浴びて不能となった己の足を、さらに踏みつけて踏みにじって苦痛を与えてくる少女の顔を、見た。真っ赤な瞳は螺旋を内に収めていて、吸い込まれそうな心地になる。金色の髪は風もないのに揺らめいて、まるで生きているようだ。

どうしてこんなことに、なったのか。

彼は傭兵上がりのゴロツキだった。安い賃金で大きな悪事の尻拭い役。泣く子も黙る大組織の傘下の末端。妻子には逃げられ、酒と女に溺れた結果、もらった端から懐の金は夜露のように霧散する日々。

そんな折、組織の幹部に声を掛けられた。

『世界の理不尽さをお前は知っているだろう?ならば、俺とそれを変えないか』

場末の酒場で、酒の肴と聞いた『儲け話』は、常の彼なら一夜の夢物語と笑い飛ばす代物だった。

しかし、酒の勢いと現在のすさんだ生活に嫌気のさしていた彼は、半ば自暴自棄半ば興味本位で男の話を請け負った。『世界を記録する本を奪う』、という依頼を。

『本』の蔵されるその建築物、『図書廻廊』を守る『守護獣』。その網さえ超えれば『世界』を手中に収め、都合よく改変することすらも可能だと上司は力説していた。そして指示された場所から忍び込んだ、怖気すら覚える空気を内包した其処に並んだ本棚、そこから抜き取った一冊を開いて、得心する。

これは人知を超えている。

綴られた文章は時折もぞもぞと虫のように動き変化を見せ、めくった先、白紙のページにはペンもインクもないのにさらさらと新しい『情報』が記されていた。頁は前にめくっても後ろにめくっても終わりがなく、垣間見た情報のいくつかは自身にも覚えがあるものがあった。それは学校の授業で習うような世界規模の歴史から、彼自身しか知らないような日常の小さな情報まで、多岐に渡る。意識して読むと浮かび上がる、といったような、なんとも不可思議な感覚だった。

同時に、これさえ手に入れれば何も恐れることはない、とも確信する。

傭兵時代に、些細ないさかいから発展した喧嘩で怪我を負い、兵としては使い物にならなくなった足。不祥事を起こした咎、という形で傭兵所を辞めさせられたためろくに仕事をもらえず、結果失った妻と子供の信頼。そのほかにも、思い返せば人生とは欠落ばかりだ。けれど、今彼が手にしているこの生きた記録書を用いれば、その穴は容易に埋められるだろう。

『我々はPlunderer(略奪者)。奪い、荒らすことを使命とされた者だろう?』

組織の名を高らかに動機づけに利用する自分より幾分か若い男の、歪んだ笑顔を思い返す。

神は人々に試練を与える。もし神が全能なら、こうなることも理解していた筈だ。

「ならば、俺達がこうすることも、手筈通りだろう?」

呟いたと同時、背後で銃の安全装置が外される音が、聞こえた。


それから、なにが起きたかよく覚えていない。ただ必死に、『世界』だけは手放さないよう抱きしめて走っていた。反撃もした気がするが、すべて避けられた。

化け物だ、そう男は確信する。下っ端とはいえそれなりの修羅場を抜けていた男の襲撃を、リボルバー(回転式拳銃)一つでかすり傷ひとつなく鎮圧してしまった少女。年は15、16といったところか。自分の子供も今自分はそんな年頃か、と血が足りず胡乱な頭で思う。

男は利用されたのだ。世界を変えられる本が夢物語でなかったとして、それを彼のような下っ端に使用させてもらえるだろうか。無事に奪えれば御の字、盗品だけ搾取されお払い箱だっただろう。

だから、これでよかったのかも知れない。少なくとも、彼は『歴史の改変』という大罪は背負わないで済むのだから。無間地獄くらいは免れるだろうか。

「ないのか?」

再度問われ、我に返る。小首を傾げる少女は、そうしていると無垢な子供のようで、そのくせしっかりと銃を構えているのが滑稽だった。だから、冗談半分に問うてみた。

「お嬢ちゃんは、天使かい?それとも、死神かい?」

相手は意表を突かれたのか、眉根を寄せて黙り込む。そして、確かめるようにグリップを握りなおして、言った。

「いいや、ケモノだよ」

同時、短く銃声が響いた。



「お疲れ様」

橙色のタイルを、『図書廻廊の守護獣』は軽やかに歩く。革靴が鳴らす足音に気づき顔を上げた少女は、守護獣を見て微笑んだ。彼女より幾分か年上のその娘は、紫がかった長い髪で顔の左側だけ隠している。右の露わになっている空色の瞳は、相手の抱えた分厚い本へと向けられた。

「『イタリア』、無事だったのね」

よかった、と安堵のため息をつく少女に向かって『守護獣』たる娘は無表情のまま鼻を鳴らした。その乏しい表情ながらも、長い付き合いから分かる豊かな感情の波を読み取り、苦笑する。

「さすがミーシャ、『図書廻廊の守護獣』様々に守れないものはございませんものね」

「当然」

短く答えて再度鼻を鳴らす、その顔は明るい。素直じゃないなあ、と呆れながらも、その不器用さを愛おしく思う。だから彼女は、此処にいるのだ。

「リィ、『侵入者』の探知に2.5秒のズレがあった。次からは誤差を1秒以内に狭めて」

「了解」

短い事務的なやり取りをしながらも、さりげなく茶器を用意する辺りに彼女の性格がうかがえるだろう。

「紅茶、淹れなおすね」

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