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過去投稿作品(短編・掌編)

夢の中の夢

作者: よねぎし久羽

この掌編は、私の別名義で前に投稿した作品です。

 放課後の教室。夏が終わり秋が進むにつれ西日が教室の奥まで差し込んできている。

 その教室の仲に私は一人佇んでいる。どうしてここにいるのだろうか……。

 なにか用事があったはず。でもそれが思い出せない。思案を巡らせながら教室を見回す。

 きちんと整えられた机。それに反して雑多となっているロッカー。そして綺麗に清掃されている黒板。

 あっ……。

 黒板に印されている日付、まだ書き直されてない。多分、明日の日直が書き直すとは思うけど、眼についたことだし、書き直しておこうかな?

 私は、ゆっくりと黒板に近づく。そして教壇に上り黒板消しを取ろうしたとき横の戸口から声が掛かる。

 少しすこしの驚きとともに振り向くとそこには顔見知りの後輩がいた。

 どうしたの? 

 その問いかけにその子は何も答えない。ただ私を見詰めているだけ。

 怪訝に思いながら見ていると、その子は、口元に笑みを浮かべ、ゆっくりとした足取りで近づいてくる。そして徐々にその足取りが速くなり、最後の一歩を大きく踏み込む。 その時その子の右手に光るものが見えた。

 ……お腹に痛みが走る。痛みを中心に段々と温かいものが広がっていく。

 えっ……。痛みを感じるところに視線を落とす。

 白のブラウスに赤い色が広がっている。そしてその中心に鈍い色を放つ業務用カッターナイフの刃が見えている。

 どうして……。そう言おうとしても激しい痛みと喉まで上がってくる血で話すことが出来ない。

 フフフ……。その笑い声にその子の顔を見る。

 満面の笑み? どうして?

 視界が徐々にぼやけてくる。意識も段々朦朧としてくる。痛みの所為? それとも……。

「先輩……」

 薄れ征く意識の中でその子の声が聞こえる。

「これも、……、ですよね」



 意識が戻る。

 慌てて体を起こすとそこは教室、自分の座席だった。教室には誰もいない。西日が教室の奥まで差し込んできている。

 寝てたの? だったらあれは……。

 慌てて視線を腹部に向ける。何もない。いや、それが当たり前だけど、さっきのことが頭の中にあって、どうしても混乱する。

 夢だったんだよね……。

 思案しながら辺りを見回す。

 きちんと整えられた机。それに反して雑多となっているロッカー。そして綺麗に清掃されている黒板。

 えっ……。

 黒板に印されている日付、まだ書き直されてない。

 まさか……。ウウン、これは偶然、偶然だよ。

 椅子から立ち上がり、ゆっくりと黒板に近づく。

 確かあのとき、黒板消しを取ろうとして……。

 もし同じように手を伸ばしたら、同じことが起こるのだろうか。

 ……そんなことあるわけない。あれは夢、ちょっと、ではないけど夢見が悪かっただけ。

 頭を振りながら黒板消しに手を伸ばす。するとそれと同時に戸口から声が掛かる。

 驚き振り向くと、顔見知りの後輩……、あの夢と同じ子がそこにいた。

 驚きのあまり声が出ない。まさか……、まさか夢と同じことが……。

 右手を見ると、スカートのポケットに入っていて、何かを持っているように見える。

 まさか……。最悪のことが頭をよぎる。だからこの場から離れようとするけど、足が竦んで動かない。

「先輩……」

 その子から声を掛けてきた。これは夢とは違う。でもあの夢では私が声を掛けていたから違うのかもしれない。

「先輩……」

 その子はもう一度そう言うと、口元に笑みを浮かべる。

 ……あの笑み、あのときと同じ……。

 逃げろと頭は命令している。でも体が言うことを聞いてくれない。

 そして夢と同じようにその子はゆっくりと近づき、徐々に足取りを速めてくる。

 その子がポケットから右手を出すのが見えた。その手には夢で見たカッターナイフが握られている。

 このままだとあの夢と同じになる……。動いてっ、お願い!

 その言葉に呼応するように少しだけからだが動くことに気付く。だから体を捻るようにしてカッターナイフを避ける。

 次の瞬間痛みが走る。避けきれなかったカッターナイフの刃が脇腹を切る。かなり痛い、でもこれは夢とは違う。

 痛みを堪えながらその子の腕を掴む。それと同時にその子も力一杯抗い始める。

 こんなに細い腕なのに、何処からこんな力が出てくるの? ……でもこの手を離したら、多分間違いなく刺される。脇腹は痛いけど離すわけにはいかない。でも、このままだといずれ振り払われそう。どうにかして、この場から逃げないと……。

 ……でも、どうやって?

 そんな技術なんて習ってないし、力業でねじ伏せるなんて出来るわけがない。

 誰かに助けを求めたい。でもこの時間だったらそれも望み薄。生徒は殆ど下校しているし、先生も職員室に籠もっている。

「どうして……!」

 その子はそう言うといっそう力を込める。その所為で体勢が後ろに崩れそうになり、慌てて左足を下げる。

 あっ……!

 下げた足が何かに引っかかり、体勢を立て直すまもなくそのまま後ろに倒れる。

 かろうじて頭は打たなかったけど、背中をしたたかに打ってしまった。脇腹の痛みで一瞬意識が遠のく。

 でも次の瞬間、下腹部にいきなり掛かる重圧に意識が戻ってくる。目を開けるとその子が馬乗りになってカッターナイフを両手で持ち振り上げている。避けようにもう体を充分には動かせない。このままだと確実に刺されてしまう。

 誰か助けて……!

 声を出して叫びたい。でも声にならず、その子がいっそう高く振り上げた手を見ているだけ。

 もう終わりなんだ。夢とは違うけど、結局こうなるんだ……。諦めが心を覆い、その子の右手が振り下ろそうとしたとき、

「なっ、なにをやっている!」

 教室に怒号が響き渡る。声からすると生活指導の体育教師だと思う。

 その子が驚き後ろを振り返ろうとしたとき、一瞬の隙が出来た。その気を逃さず上半身を起こす勢いのままその子を突き飛ばす。

 そしてその子の体が少し浮いたのを利用して体を反転させ、這いずるようにして離れようとする。

「せっ、先輩……!」

 その子は体制を立て直し、引き留めようと手を伸ばすが、体育教師と、騒ぎを聞きつけた他の教師達に取り押さえられた。

「大丈夫か?」

 その中の一人が私を抱えるように起こす。

「早く、救急車を……」

 安心したのか傷の所為なのか様々な声や怒号が徐々に霞んでくる。そしてそのまま意識を失った。



 目覚めたのは病院。傷はさほど深いものでは無く、数針縫うだけで済んだ。

 傷は1ヶ月と少しで治ったからそんなに大変じゃ無かったけど、その間と退院してからの事情聴取などの方が大変だった。

 あのときのことなんて思い出したくないのに、思い出さなければいけないなんて拷問だった。でもすべて終わり。もう思い返さなくてもいい。

 クラスに復帰して、予想通りの反応が返ってくる。友人達は心配してくれるけど、その他のクラスメートからの奇異な視線。

 ……仕方が無いよね。女性というか同性から殺されかけたんだから。それもその子が私のことを好きだったなんて。

 確かにそんな手紙を貰ったことがあった。でもさすがにそんな趣味は無かったからお断りしたんだけど、まさかこんなことになるとは思ってもみなかったし、自業自得と納得できるものでは無かった。

 ……もう終わったことだよ。思い出さなくていいよ。

 自分にそう言い聞かせ、心を落ち着かせる。

 でも今日は疲れた。遅れている分を取り戻すための課題の提出が今日までだったのを忘れていた。

 それをようやく終わらせて教室に戻ってきて、自分の席に腰掛け一息吐く。教室の一番奥まで日の光が入っている。否応なく時間の流れを感じる。

 ……今日はホントに疲れた。

 その所為か少し眠くなってきている。

 ……少し寝てから帰った方がいいかな? ……ウン、そうしよう。

 椅子の背もたれに寄りかかるようにして目を閉じる。ゆっくりと意識が遠のいていくのを感じる。

 ああ、なんだろう……、なんか、お腹の辺りが痛い……。でも、段々と、気持ちよくなって、きている……。このまま、寝たら、治るよね……。このまま……。

 ……なんか何か声が聞こえる。

 ……これって、あの子の声?

 ……どうして聞こえてくるのかな?

 ……でもなんて言っているんだろう、気になる。

 耳を澄ましてみる。そして聞こえてくる言葉。



「先輩……、これも愛の形、ですよね」


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