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その4

「流石に因幡は休みか」

 時間ギリギリに教室に滑り込んだ新宮は窓側から2列目、前から3番目の席を見て呟いた。

「ホームルームの時間ですよー席に着いてください」

 1学期が過ぎクラスには完全に慣れたが、未だに担任=顧問というのにはやりにくい。2年12組の担任、珠菜咲羅たまなさくらは神学と情報というよく分からない組み合わせの授業を担当している。知的さを感じさせる眼鏡が弱々しい印象を与える。しかし、新宮はその裏に隠れている恐ろしい本性を知っている。

「因幡さんは欠席です。心配ですね……。あ、本日の予定はですね11時より健康診断です。身長、体重からなので着替えて、体育館に行ってください」

 トントン、背中が叩かれる。新宮は軽く後ろに首を向ける。

「なあなあ、新さん。健康診断チャンスだと思いませんか?」

 後ろの席の木野江文晴このえあやはるが話しかけてくる。

「チャンス?何の」

「あんさん本当に鈍い。あかん! 女性が着替えていたら覗くのが礼儀というもんやろ」

「……。あのな、友達として忠告するがそれ犯罪だからな」

「ほんまにノリ悪いな」

「てか中途半端な関西弁やめろ! この江戸っ子が」

「うっさいわ! ほっとけ! 上方へのあこがれなんや」

「新宮さん。それ以上喋ったら補強を倍にしますよ」

 珠菜はあくまでも笑顔だが、眼鏡の下の目が光っている。

 俺だけ!? というのが正直なところだが、後ろで木野江が笑いを堪えていることに腹が立つ。

「先生は、あんさんにだけは厳しいな」

「あとで覚えてやがれ」

 新宮は窓の外で風にせかせかと流される雲を眺める。

 ヒノカの言う契りも、神ということもよく分からない。百合花にされた誤解は十中八九解けていないだろう。はぁと思わずため息がこぼれる。

 あの深紅のまっすぐな瞳。安らかにそして優しい寝顔が目に焼き付いている。

(惚れた?まさかな……)

 気がついた、嫌いじゃない。おそらく顔がにやついている。

 結局起こさないで家出てきたけど、帰ったら家にまだ居るのか?

 居たらちゃんと話を聞かないとな、なんて考えていると、

「新宮さん。集中しないと本練習3倍ですよ」

 まさしく悪魔の言葉。


 放課後の練習は地獄のようだった。これでもかというほど走らされたのだ。その上歩きで家まで帰るというのは一種の拷問だ。

「神様……助けてくれよ」

 夕焼けが創り出す鮮やかなコントラストは信仰特区のビル群を朱色に染め上げる。そんな景色に気を向ける余裕はない。

「すみません……神様は万能ではないんです」

 背後から聞き覚えのある控え目な声が聞こえてきた。

 のろのろと歩く新宮はのろのろと重い頭を後ろに向ける。

「……。因幡! もう大丈夫なのか」

 あれだけの傷を受けて大丈夫というわけがない。

「はい。わたくしは身体を真水で流し、がまの花粉をつければ治るように信じられていますから」

 予想に反した答えが返ってくる。

「なっています?」

「わたくしは人間の皆さんにそう信じられていますので」

 因幡はあたりまえのように言った。

「あのー色々順を追って説明してもらえると助かるんだけど……」

「すみません! まだ何も説明していませんでしたね。えーと、まず何から説明しましょうか」

 因幡はハッと気づいたのか、困ったような表情を浮かべている。

「神様っていうのは?」

 新宮は1番の疑問の部分を尋ねてみる。

「そうですね。神というのは信仰思念の集合体。つまり、簡単に言うと信じる力の塊とでもいいましょうか」

「ちょっと待ってくれ! それじゃあ人間が神を創ったっていうことにならないか?」

「基本的にその考え方で間違いではありません。信じる力は新宮さん達が想像しているより強い力があるのですよ。そして、わたくし達は弱まってしまった信仰の心を取り戻したいのです」

「弱まった……宗教外部表象の禁止か?」

 頭に思い浮かんだワードを述べる。宗教外部表象の禁止とは、全世界を拘束する超国家機関『世界統一政府』で決議されたもので、布教活動の禁止、目に見える範囲の宗教的意義を持つモノの非公開化などが主な内容である。おかげで京都の神社の世界遺産は壁に囲まれ風情もへったくれもなくなっている。クリスマスやお盆などの行事は宗教的意義がどの程度あるか、一般化しているかなどの基準をもとに審査する許可制となっている。

 その中で、宗教的自由の保護や文化の継承を目的として各国が例外として認めさせたのがこの『信仰特区』なのである。

「弱っちまうとどうなるんだ」

 怖いもの知りたさに新宮は尋ねた。

「詳しいことは分かりませんが、高天原と黄泉国、葦原中国の3層世界が崩壊すると考えられています。絶対的な善悪の概念は神道の教えにはないのですが黄泉国を悪と繋げる考え方が一般的ですので……死への恐怖や憎しみで彼らは強まるようになってしまっているんです」

 新宮ははっきり言って実感が湧かなかった。ことの重大さが分からない。

「またまた、冗談を。じゃあヒノカの言う契りっていうのは?」

「それも説明が必要でしたか……ヒノカさんは恥ずかしがり屋だからしょうがないですね。じゃあまず神様は人をどうやって助けると思いますか?」

「どうやって? 力を貸してくれるんじゃないのか?」

「では、新宮さんは借りたモノをどうしますか?」

「……返す」

「その通りです。それは神と人間の関係でも同じなのです。借りた力の分だけどこかで不幸になる部分がある。神様のジレンマみたいなものです」

「昨日、ヒノカに助けられたんだけど……」

「それは信仰力を使い体を具現化、葦原中国に降りたのだと思います。違う国に足を踏み入れるというのは穢れを意味しますのでそれなりのリスクがあったと思います」

 あいつそんな大変な思いをしていたのか……俺は何もできなかった。知らなければ何をしても、言ってもいいというわけじゃない。後悔の念がこみ上げてくる。

「そこで残る手段として契りがあるのです。簡単にいえば人と神の一体化です」

「異なる性を持つ人と神が契約を交わすことで明神アキツカミとなり、葦原中国で心おきなく力を使えるようになるのです」

「そうなったら、俺はどうなるんだ」

「ヒノカさんと運命共同体とでも言えばいいんですかね……」

 しばしの沈黙。日はとっぷりと暮れていた。気がつくとアパートの前に戻ってきていた。

「すみません! すっかり話しこんでしまって……またの機会にしましょう」

 因幡は手本のように腰を斜め45度に折るとそそくさと立ち去ろうとする。

 ふっ、と頭によぎるものがあった。

「もしかして守ってくれてたのか?」

「それが役目ですので」

 振り返った因幡の顔は笑っていた。なにも疑っていないそんな表情だった。


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