婚約破棄?絶対嫌です!!
王城の廊下に、ひそやかな噂が流れていた。
「聞いた? エレノア様の親友、セシリア様も婚約破棄されるらしいわよ」
「まあ……あの方まで?」
その噂の中心にいる令嬢――セシリア・ローゼンベルクは、今日もいつも通り静かに本を閉じた。
長い栗色の髪を揺らし、立ち上がる。
(……やっぱり、そうなるのね)
彼女はほんの少しだけ目を伏せた。
⸻
数日前。
婚約者である騎士団長の息子、レオナルド・グレイから、呼び出しを受けた。
「話がある」
それだけの短い言葉。
普段から寡黙な彼らしい、とセシリアは思った。
けれど。
その日の彼の様子は、どこかおかしかった。
「……最近、忙しそうだな」
「ええ、少しだけ」
実際には、彼のために動いていたのだが、それを説明する機会はなかった。
「そうか」
会話はそれで途切れる。
沈黙。
そして彼は、ぽつりと呟いた。
「……無理、するなよ」
その言葉の意味を、セシリアは測りかねた。
(……もう、必要ないということ?)
彼は優しい人だ。
だからこそ、別れを切り出す前に、負担を減らそうとしているのではないか。
そんな考えが、頭をよぎる。
「……はい」
それ以上、聞くことはできなかった。
⸻
一方その頃。
レオナルドは頭を抱えていた。
「……どうしてああなるんだ」
彼の部屋には、部下が一人。
「団長補佐殿、何か問題でも?」
「問題しかない」
彼は机に突っ伏した。
「セシリアが……最近、妙に距離を取ってくる」
「はあ」
「前はもっと話してくれたのに……今は必要最低限だ」
その声音には、明らかな落ち込みが滲んでいた。
「嫌われたのかもしれない」
「はあ……」
部下は曖昧に頷く。
(いやそれ絶対違うやつでは?)
だが口には出さない。
「忙しそうだったから、無理するなと言ったら……余計に距離を感じた」
レオナルドは天井を見上げた。
「……やはり、婚約は負担だったのだろうか」
その結論に至るのが、あまりにも早すぎた。
⸻
そして現在。
王城の中庭。
「セシリア」
呼び止められ、振り返るとそこにいたのは――レオナルドだった。
「今、いいか」
「……ええ」
いつもより、少しだけ硬い声。
それがセシリアの胸を締め付ける。
(やっぱり……)
「その、……大事な話がある」
「私も話したい事がありました」
互いに緊張した空気。
すれ違い続けた想いが、今まさに決定的な形になろうとしていた。
レオナルドは拳を握る。
(……言うしかない)
セシリアは目を閉じる。
(……受け入れましょう)
そして、同時に口を開いた。
「婚約を――」
「婚約を――」
ぴたりと重なる。
二人は思わず顔を見合わせた。
「……先にどうぞ」
「いや、君から」
遠慮の応酬の末、結局レオナルドが先に口を開く。
「……婚約を、解消した方がいいのではないかと思っている」
その一言に、セシリアの心が静かに沈む。
(やっぱり)
「……そう、ですね」
予想していた言葉。
けれど、やはり胸は痛む。
「私も……同じことを考えておりました」
その返答に、レオナルドの思考が停止した。
(……同じ?)
「あなたの負担になっているのなら、これ以上縛るべきではありません」
静かで、優しい言葉。
だがレオナルドには、それが“別れの意思”として突き刺さる。
「……やはり、そうか」
彼は俯いた。
「無理をさせていたな」
「いいえ」
セシリアは首を振る。
「むしろ、私の方こそ」
――あなたに相応しくない。
その言葉は、喉元で消えた。
⸻
沈黙が落ちる。
どちらも本音を言わないまま、終わろうとしていた。
その時だった。
「ちょっと待ちなさい!」
勢いよく割り込んできた声。
振り返ると、そこにいたのは――
「エレノア様!?」
数日前、自国である帝国に戻ったはずのエレノアである。
その後ろには、腕を組んだカイルもいた。
「……今の話、全部聞こえましたけど?」
エレノアの目は、ほんのり呆れている。
「あなたたち……何を勘違いしているのですか?」
「勘違い……?」
二人は同時に首を傾げた。
エレノアは深くため息をつく。
「セシリアは、あなたのために最近ずっと動いていました」
「……え?」
レオナルドが固まる。
「騎士団の補給問題、裏で調整していたのは彼女です」
「なっ……」
「あなたが無理をしないように、と」
静かな暴露だった。
レオナルドの顔が一気に赤くなる。
「じゃ、じゃあ距離を取っていたのは……」
「忙しかっただけです」
即答。
一方で、エレノアはセシリアを見る。
「そしてレオナルドは、あなたに嫌われたと思い込んでいます」
「……え?」
今度はセシリアが固まる。
「あなたの負担にならないように、婚約を解消しようとしていました」
「そ、そんな……!」
二人は同時に相手を見る。
完全に、認識が噛み合っていなかった。
⸻
しばしの沈黙。
やがて、レオナルドが口を開く。
「……嫌って、いないのか」
「も、もちろんです。むしろ……」
言いかけて、セシリアは顔を赤くする。
「……大切に、思っております」
その言葉に、レオナルドの表情が変わる。
「俺もだ」
迷いのない声。
「婚約した頃からずっと……君が好きだった」
空気が、一瞬止まった。
セシリアの瞳が揺れる。
「……本当、ですか?」
「ああ」
彼は一歩近づく。
「だからこそ、無理をさせていると思って……」
「私は、嬉しかったです」
その言葉に、今度はレオナルドが驚く。
「あなたの隣にいられることが」
涙ぐみながらも、セシリアは微笑んだ。
⸻
その様子を見て、エレノアは満足げに頷く。
「やれやれ」
カイルも肩をすくめる。
「面倒な二人だな」
だがその目は、どこか優しい。
⸻
数日後。
みなが想像していた婚約破棄はなく――
結婚式当日の招待状が届いたのであった。
王城は再びざわめく。
だが今度は、祝福の声だった。
⸻
庭園で
「……あの時、本当に解消するつもりだったのですか?」
セシリアが問う。
「半分はな」
レオナルドは苦笑する。
「でも、本当は――」
彼は彼女の手を取る。
「手放したくなかった」
その言葉に、セシリアの頬が染まる。
「これからは、ちゃんと言葉にする」
「……はい」
小さく頷く彼女を見て、レオナルドは柔らかく笑った。
「好きだ、セシリア」
「……私もです」
ようやく重なった想い。
それは、長い勘違いの末にたどり着いた、本当の答えだった。
⸻
そしてその少し離れた場所で。
「……ふたりが幸せになれて、よかったです。」
エレノアが呟く。
「ああ」
カイルは当然のように彼女の肩を抱いた。
「だが俺たちは、最初からこうなる運命だったがな」
「……自信家ですね」
そう言いながらも、エレノアは微笑んだ。
初めは親に決められた政略的な婚約だったが、少しずつ相手のことを知り、好きになっていた。だか、いつか結婚するのだし、と安心していた。そして、小さな、しかし大きな勘違いが生まれてしまった。
ぜひ、下のおほしさまを、ぽちぃーと押して頂けると嬉しいですぅぅぅ




