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婚約破棄?絶対嫌です!!

作者: 瀬尾 桜華
掲載日:2026/04/04

王城の廊下に、ひそやかな噂が流れていた。

「聞いた? エレノア様の親友、セシリア様も婚約破棄されるらしいわよ」

「まあ……あの方まで?」

その噂の中心にいる令嬢――セシリア・ローゼンベルクは、今日もいつも通り静かに本を閉じた。

長い栗色の髪を揺らし、立ち上がる。

(……やっぱり、そうなるのね)

彼女はほんの少しだけ目を伏せた。

数日前。

婚約者である騎士団長の息子、レオナルド・グレイから、呼び出しを受けた。

「話がある」

それだけの短い言葉。

普段から寡黙な彼らしい、とセシリアは思った。

けれど。

その日の彼の様子は、どこかおかしかった。

「……最近、忙しそうだな」

「ええ、少しだけ」

実際には、彼のために動いていたのだが、それを説明する機会はなかった。

「そうか」

会話はそれで途切れる。

沈黙。

そして彼は、ぽつりと呟いた。

「……無理、するなよ」

その言葉の意味を、セシリアは測りかねた。

(……もう、必要ないということ?)

彼は優しい人だ。

だからこそ、別れを切り出す前に、負担を減らそうとしているのではないか。

そんな考えが、頭をよぎる。

「……はい」

それ以上、聞くことはできなかった。

一方その頃。

レオナルドは頭を抱えていた。

「……どうしてああなるんだ」

彼の部屋には、部下が一人。

「団長補佐殿、何か問題でも?」

「問題しかない」

彼は机に突っ伏した。

「セシリアが……最近、妙に距離を取ってくる」

「はあ」

「前はもっと話してくれたのに……今は必要最低限だ」

その声音には、明らかな落ち込みが滲んでいた。

「嫌われたのかもしれない」

「はあ……」

部下は曖昧に頷く。

(いやそれ絶対違うやつでは?)

だが口には出さない。

「忙しそうだったから、無理するなと言ったら……余計に距離を感じた」

レオナルドは天井を見上げた。

「……やはり、婚約は負担だったのだろうか」

その結論に至るのが、あまりにも早すぎた。

そして現在。

王城の中庭。

「セシリア」

呼び止められ、振り返るとそこにいたのは――レオナルドだった。

「今、いいか」

「……ええ」

いつもより、少しだけ硬い声。

それがセシリアの胸を締め付ける。

(やっぱり……)

「その、……大事な話がある」

「私も話したい事がありました」

互いに緊張した空気。

すれ違い続けた想いが、今まさに決定的な形になろうとしていた。

レオナルドは拳を握る。

(……言うしかない)

セシリアは目を閉じる。

(……受け入れましょう)

そして、同時に口を開いた。

「婚約を――」

「婚約を――」

ぴたりと重なる。

二人は思わず顔を見合わせた。

「……先にどうぞ」

「いや、君から」

遠慮の応酬の末、結局レオナルドが先に口を開く。

「……婚約を、解消した方がいいのではないかと思っている」

その一言に、セシリアの心が静かに沈む。

(やっぱり)

「……そう、ですね」

予想していた言葉。

けれど、やはり胸は痛む。

「私も……同じことを考えておりました」

その返答に、レオナルドの思考が停止した。

(……同じ?)

「あなたの負担になっているのなら、これ以上縛るべきではありません」

静かで、優しい言葉。

だがレオナルドには、それが“別れの意思”として突き刺さる。

「……やはり、そうか」

彼は俯いた。

「無理をさせていたな」

「いいえ」

セシリアは首を振る。

「むしろ、私の方こそ」

――あなたに相応しくない。

その言葉は、喉元で消えた。

沈黙が落ちる。

どちらも本音を言わないまま、終わろうとしていた。

その時だった。

「ちょっと待ちなさい!」

勢いよく割り込んできた声。

振り返ると、そこにいたのは――

「エレノア様!?」

数日前、自国である帝国に戻ったはずのエレノアである。

その後ろには、腕を組んだカイルもいた。

「……今の話、全部聞こえましたけど?」

エレノアの目は、ほんのり呆れている。

「あなたたち……何を勘違いしているのですか?」

「勘違い……?」

二人は同時に首を傾げた。

エレノアは深くため息をつく。

「セシリアは、あなたのために最近ずっと動いていました」

「……え?」

レオナルドが固まる。

「騎士団の補給問題、裏で調整していたのは彼女です」

「なっ……」

「あなたが無理をしないように、と」

静かな暴露だった。

レオナルドの顔が一気に赤くなる。

「じゃ、じゃあ距離を取っていたのは……」

「忙しかっただけです」

即答。

一方で、エレノアはセシリアを見る。

「そしてレオナルドは、あなたに嫌われたと思い込んでいます」

「……え?」

今度はセシリアが固まる。

「あなたの負担にならないように、婚約を解消しようとしていました」

「そ、そんな……!」

二人は同時に相手を見る。

完全に、認識が噛み合っていなかった。

しばしの沈黙。

やがて、レオナルドが口を開く。

「……嫌って、いないのか」

「も、もちろんです。むしろ……」

言いかけて、セシリアは顔を赤くする。

「……大切に、思っております」

その言葉に、レオナルドの表情が変わる。

「俺もだ」

迷いのない声。

「婚約した頃からずっと……君が好きだった」

空気が、一瞬止まった。

セシリアの瞳が揺れる。

「……本当、ですか?」

「ああ」

彼は一歩近づく。

「だからこそ、無理をさせていると思って……」

「私は、嬉しかったです」

その言葉に、今度はレオナルドが驚く。

「あなたの隣にいられることが」

涙ぐみながらも、セシリアは微笑んだ。

その様子を見て、エレノアは満足げに頷く。

「やれやれ」

カイルも肩をすくめる。

「面倒な二人だな」

だがその目は、どこか優しい。

数日後。

みなが想像していた婚約破棄はなく――

結婚式当日の招待状が届いたのであった。

王城は再びざわめく。

だが今度は、祝福の声だった。

庭園で

「……あの時、本当に解消するつもりだったのですか?」

セシリアが問う。

「半分はな」

レオナルドは苦笑する。

「でも、本当は――」

彼は彼女の手を取る。

「手放したくなかった」

その言葉に、セシリアの頬が染まる。

「これからは、ちゃんと言葉にする」

「……はい」

小さく頷く彼女を見て、レオナルドは柔らかく笑った。

「好きだ、セシリア」

「……私もです」

ようやく重なった想い。

それは、長い勘違いの末にたどり着いた、本当の答えだった。

そしてその少し離れた場所で。

「……ふたりが幸せになれて、よかったです。」

エレノアが呟く。

「ああ」

カイルは当然のように彼女の肩を抱いた。

「だが俺たちは、最初からこうなる運命だったがな」

「……自信家ですね」

そう言いながらも、エレノアは微笑んだ。

初めは親に決められた政略的な婚約だったが、少しずつ相手のことを知り、好きになっていた。だか、いつか結婚するのだし、と安心していた。そして、小さな、しかし大きな勘違いが生まれてしまった。


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