クエスト終了につき、勇者パーティのメンテナンスを終了します
「おい無能。今この瞬間をもって、お前をパーティーから追放する」
魔王軍の版図、『終末の境界線』の最前線キャンプ。
勇者カンザキが、食べ残しの骨を投げ捨てるような軽薄さでそう告げる。
外は猛烈な『死の灰』が吹き荒れ、一歩出れば呪いによって肉が腐り落ちる。
この状況での追放は、明確な殺意の表明に等しい。
「……本気か? この先はさらに呪いが強くなる。俺のバフと資材管理がなければ、三日と持たないぞ」
俺は淡々と問い返す。
だが、カンザキはせせら笑う。
「ハッ! アイテム整理しかできない荷物持ちが調子に乗るな。これからは、魔力も体力も高い『聖騎士』を新メンバーに入れる。お前の取り分は、今日からそいつのものだ」
聖女や魔導師たちも、汚物を見るような目で俺を見ている。
「テツさん、悪いけどこれが現実なの。足手まといを抱える余裕はないのよ」
彼らは知らない。
俺が影で彼らの装備の摩耗を「概念整理」で防ぎ、毒だらけの食料を「システム最適化」で浄化していたことを。
だが、俺は怒らなかった。
むしろ、目の前に浮かぶ『自分にしか見えないウィンドウ』を見て、口角が上がるのを抑えきれなかった。
【メインクエスト:勇者一行を『境界線』まで護送せよ……完了!】
【報酬:管理者権限専用拠点『悠久の隠れ家』の召喚権が解放されました】
(——ああ、ようやくタクシー代わりのガイド期間が終わったか)
「わかった。そこまで言うなら出ていこう。今まで世話になったな」
俺は汚れた予備バッグを放り投げ、シェルターの重い扉を開ける。
「ハッ、潔くて助かるぜ! さっさと灰になって消えちまえ!」
吹き荒ぶ死の灰。視界はゼロ。
だが、俺はシステムガイドが示す『指定座標』を目指して、迷わず雪原を歩き続ける。
一時間ほど歩き、山を一つ隔てたところで、俺は指をはじく。
「管理者権限起動。——拠点、現界」
轟音と共に、灰色の世界が純白の大理石によって上書きされる。
周囲の死の灰を熱量へと変換し、結界内を常夏に変える白亜の宮殿。
俺は自動ドアを抜け、アロマの香る玄関で、戦闘メイド・ノアの出迎えを受ける。
「おかえりなさいませ、ご主人様。キンキンのエールと、神牛のステーキが焼けております」
「ああ、まずは風呂だ。それと、監視ドローンを繋いでくれ」
二十畳の大理石バスルーム。
『癒やしの霊泉』に身を沈めながら、俺は浴室の防水モニターをオンにした。
『……おい、どういうことだ! 水が……水が全部、ドス黒く腐ってやがる!』
『嘘、私の聖杖が……ひび割れて……魔法が発動しない!?』
画面の向こう、数キロ離れたシェルターで、勇者が腐った水を吐き出し、聖女がボロボロの杖を抱えて泣き叫んでいた。
俺の維持管理を失った装備や物資は、この世界の呪いに耐えきれず、瞬時にゴミへと成り果てる。
さらに、彼らがパニックでシェルターを飛び出した瞬間、遠くの山頂に輝く「俺の家の明かり」が彼らの目に飛び込む。
『おい……見ろ。あんなところに、光が……! 助かる、あそこに行けば助かるんだ!』
必死に雪を掻き分け、光を目指す勇者たち。
だが、俺は知っている。その光に向かって歩けば歩くほど、空間歪曲によって距離は引き伸ばされ、彼らは永遠にここに辿り着けない。
彼らに見えているのは、触れることのできない『蜃気楼の楽園』。
「いい景色だな。あんなに必死に歩いてる」
風呂上がりにシルクのバスローブを羽織り、俺はダイニングでナイフを入れた。
溢れ出すステーキの肉汁。喉を鳴らす冷えたエール。
モニターの中では、空腹と寒さで膝をついた勇者が、俺の名前を叫びながら死の灰に顔を埋めていた。
「……あ、カンザキ。そこ、俺がさっき設置した『座標ループ・トラップ』の入り口だぞ」
勇者が全力で死の灰を漕いだ先は、元のシェルターの入り口。
絶望に顔を歪めるかつての仲間たちを眺め、ゆっくりとワインを傾ける。
「さて。明日からは何をしようか。まずはこの庭に、世界一贅沢な露天風呂でも増築するかな」
地獄のような世界で、一人だけ『神ゲー』を謳歌する。
俺の本当の人生は、今この瞬間から始まった。




