第九十三話 年の瀬、静かな火
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
冬の夜が、いつもより深かった。
暦の上では、今宵が年の終わり。
囲炉裏の火は低く、だが絶えず燃えている。
伊東祐兵は薪をくべ
島津豊久は徳利を温めていた。
「もう一年、終わりますな」
「早いものだ」
盃に注がれた酒は控えめ。
昨夜の反省が、まだ残っている。
「今宵は、飲み過ぎぬように」
「心得ています」
笑い合い、一献。
酒は喉を通るが、心は静かだった。
足元では小春が丸くなり
黒猫は少し離れて、火を見つめている。
外では風が鳴り
時折、雪が障子を叩いた。
「今年は……」
豊久が言いかけて、言葉を選ぶ。
「語らずとも、分かる」
祐兵が静かに応じた。
嬉しい日も
胸に残る夜もあった。
名を挙げる必要はない。
火の揺らぎが、すべてを知っている。
「来年も、こうして過ごせればよいな」
「うむ。変わらぬ日が、何よりだ」
夜半、遠くで寺の鐘が鳴り始める。
ひとつ、またひとつ。
音は澄み、年の境を刻んでいく。
二人は盃を置き
静かに手を合わせた。
「無事であったことに」
「そして、明日が来ることに」
最後の鐘が響き終わると
不思議と空気が和らいだ。
小春が顔を上げ、小さく鳴く。
新しい年を、誰よりも先に迎えたかのように。
囲炉裏の火は消えず
夜は静かに明日へ続いていた。
読者の皆様には大変お世話になりました、来年もよろしくお願い致します。
どうぞ良いお年をお迎えください。




