第九十二話 年の瀬の語らい
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
大晦日を一日後に控えた夜。
外気は冴え、空には星が静かに瞬いていた。
囲炉裏の火は穏やかで
薪がときおり、やわらかな音を立てる。
伊東祐兵は湯呑を手に
火の揺らぎを見つめていた。
「明日で、今年も終わりか」
島津豊久は
少し考えてから頷く。
「大晦日というだけで、
同じ夜が、少し重く感じますな」
「人が勝手に意味を与えるのだろう」
「ええ。だが、その勝手さが嫌いではありません」
酒は少なめ。
話すための夜だった。
足元では小春が丸くなり
黒猫は少し離れて座り
二人の影を見上げている。
「今年は、よく歩きましたな」
「よく食べ、よく語った」
「戦はなくとも、
一日は一日として重かった」
祐兵は静かに頷いた。
「だからこそ、
こうして振り返れる」
しばし沈黙。
だが、冷たくはない。
「豊久殿」
「はい」
「来年も
同じように過ごせるだろうか」
豊久は、少しだけ笑った。
「望めば、そうなります。
少なくとも、その心は持ち続けたい」
囲炉裏の火が
ふっと大きく揺れた。
「ならば十分だ」
祐兵はそう言って、湯呑を置いた。
外では風が止み
夜は静まり返っている。
大晦日前夜は
声を潜め
二人の語らいを包み込んでいた。
明日を迎えるための
穏やかな夜であった。




