第八十七話 火語らい
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
夜半、外では風が木立を鳴らしていた。
囲炉裏の火だけが、静かに赤く息づいている。
伊東祐兵は、湯呑を手に取り
ゆっくりと口をつけた。
「冬の夜は、音がよく聞こえるな」
島津豊久は火を見つめたまま頷く。
「遠くの風も
近くの薪のはぜる音も
皆、同じ夜の中にある気がしますな」
二人の間には、言葉の切れ目があったが
それは沈黙ではなく、落ち着きだった。
足元では小春が丸くなり
尻尾で床をとん、と叩く。
「小春は、寒くないのか」
「火のそばですからな。
それに……」
豊久は微笑んだ。
「こうして人が揃っているのが
猫には一番の暖かさかもしれません」
祐兵は、少しだけ目を細めた。
「人も同じだな」
過ぎた日の話はしない。
先のことも、深くは語らない。
ただ、今ここにある火と、湯の温みと
互いの気配を確かめる。
「豊久殿」
「はい」
「こういう夜が続けばよいな」
「ええ。
剣を取らぬ夜が、多いほどよろしい」
火がぱちりと音を立て
影が壁に揺れた。
言葉は少なく
だが心は満ちている。
冬の深い夜
語らいは
静かに続いていた。




