第八十六話 冬の贈りもの
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
冬の朝、淡く雪の残る城下を歩きながら
伊東祐兵は足元を見つめていた。
「……なぜだろうな」
「はい?」
隣の島津豊久が首をかしげる。
「子どもたちに、何か渡したい気分なのだ」
一拍置いて、豊久は吹き出した。
「実は私もです。理由は分かりませんが」
二人は顔を見合わせ
今度は声を立てて笑った。
その足元では
猫の小春と
もう一匹の黒猫が
並んで雪を踏みしめている。
尻尾が揺れるたび、足跡が小さく増えていった。
「よし、決まりだな」
「ええ。理由は後回しで」
町の菓子屋で飴玉を包んでもらい
布切れや木の小玩具も少し添える。
派手なものではないが
手に取ると温もりのある品ばかりだ。
広場に出ると
子どもたちが雪を丸めて遊んでいた。
「おや、猫だ!」
「二匹もいる!」
小春は得意げに胸を張り
黒猫は少し距離を置いて座る。
「これを、どうぞ」
祐兵が差し出すと
子どもたちは目を丸くした。
「いいの?」
「ありがとう!」
豊久は膝を折り
一人ひとりに目線を合わせて渡していく。
「転ばぬようにな」
「家に帰ったら、ちゃんと手を洗えよ。歯も磨くんだぞ」
猫たちはその間を縫うように歩き
時折、撫でられては満足そうに喉を鳴らした。
やがて袋が空になる。
「全部、渡しましたな」
「うむ」
二人は少し離れて立ち
子どもたちが笑いながら去っていくのを見送った。
「不思議ですな」
豊久が言う。
「腹も満たされていないのに、満ち足りている」
「冬だからだろう」
祐兵は静かに答える。
「寒い季節は
分け合うことで温かくなる」
その足元で
小春が小さく鳴いた。
まるで同意するかのように。
理由のない衝動は
いつの間にか
確かな温もりへと変わっていた。
冬の町に
小さな笑顔が、いくつも灯った日であった。




