第八十四話 双六の路地
冬の午後、飫肥の町外れ。
伊東祐兵と島津豊久が歩いていると
路地の一角から荒れた声が聞こえてきた。
「うるさいぞ!そんな下手な双六、見ているだけで腹が立つわ!」
声の主は、太った初老の男。
腰を下ろし、酒臭い息を吐きながら
地面に紙を敷いて遊ぶ子供たちを見下ろしている。
子供たちは黙り込み、駒を持つ手が止まった。
「勝ち負けも分からん餓鬼どもが、道を塞ぐな!」
男の言葉は必要以上に鋭く
子供の一人が唇を噛みしめた。
その瞬間、祐兵が静かに一歩前に出た。
「……双六は、運と知恵を楽しむ遊びだ」
低く、よく通る声だった。
「見て気に食わぬなら、立ち去ればよい。
なぜ、弱い者を罵る?」
男はぎょろりと目を剥いた。
「なんだ貴様は。説教する気か?」
次に、豊久がにこりともせず口を開く。
「子供に当たるほど、腹の据わらぬ男と見えるな」
「……何だと?」
初老の男が立ち上がろうとした瞬間
祐兵の足が男の前にすっと差し出される。
踏み出した足は絡め取られ
男は無様に尻餅をついた。
「痛ぇっ!」
豊久は腕を組み、淡々と言った。
「次に声を荒げれば、町役人を呼ぶ。
今度は運では済まぬぞ」
男は顔を赤くし
「覚えていろ……!」
と捨て台詞を吐きながら
転がるように路地を去っていった。
静けさが戻る。
祐兵は子供たちに目を向けた。
「続けるといい。遊びは、笑ってこそだ」
子供たちは一瞬きょとんとし
やがて小さく頷いて駒を進めた。
紙の上で、ころり、と音が転がる。
路地に戻った穏やかな時間の中
豊久が小さく呟いた。
「双六は、人生に似ていますな」
「だからこそ、大人が邪魔をしてはならぬ」
二人はそう言葉を交わし
再び冬の町へと歩き出した。




