第八十一話 冬夜、言葉の灯
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
夜更け、館の庭は月明かりに照らされ
雪は淡く光っていた。
伊東祐兵は縁側に腰を下ろし
湯気の立つ椀を手に
静かに夜を眺めている。
ほどなく島津豊久が隣に座り
「今日は町も静かでしたな」
と呟いた。
遠くで風が木々を揺らし
屋根から落ちる雪の音がかすかに響く。
小春は二人の間に丸まり
黒猫は少し離れた場所で
尾を体に巻いて眠っていた。
冬の夜は
自然と人を語らせる。
「こうして過ごす冬も
いつの間にか長くなりましたな」
豊久の言葉に
祐兵は湯を一口飲んで頷いた。
「戦の話をせぬ日が続くとは
昔は思いもしなかった」
「だが、今はそれが心地よい」
囲炉裏の火が揺れ
二人の影が壁に伸び縮みする。
言葉は多くないが
沈黙もまた語りの一つだった。
小春が寝返りを打ち
かすかに喉を鳴らす。
その音に
二人は同時に目を細めた。
冬の夜は
急がず進めばよい。
「祐兵殿は、今の暮らしをどう思われますか」
豊久がふと尋ねた。
祐兵は少し考え
「満ちている、とは言えぬ」
と正直に答えた。
「だが、欠けてもいない。
それでよいのだろう」
豊久は静かに息を吐き
「私も同じですな。
欲しいものは多くない。
ただ、明日もこうして語れれば」
外で雪が落ち
夜の静けさが一層深まる。
二人の言葉は
冬の空気に溶けていった。
やがて湯も冷め
火は落ち着いた赤へ変わる。
祐兵は立ち上がり
「明日も冷えよう」
とだけ言った。
「ええ。だが、悪くない寒さです」
豊久はそう応じる。
小春と黒猫を抱き上げ
二人はそれぞれの部屋へ向かう。
振り返ると
庭は変わらず月に照らされていた。
多くを語らずとも
心は通じる。
冬の語らいは
静かな灯となって
胸の奥に残り続ける。
夜は更け
館は穏やかな眠りに包まれた。




