第七十六話 冬町と猫の通り道
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
冬の朝、飫肥の町はゆっくりと目を覚ましていた。
伊東祐兵と島津豊久は
用もなく町を歩き
店先に並ぶ干し魚や味噌樽を眺めている。
その足元を
小春が先導するように歩いていた。
時折振り返り
二人がついて来ているか確かめる。
「今日は猫の案内か」
祐兵が言うと
豊久は
「町案内役としては頼もしい」
と笑った。
小春は迷いなく路地へ入り
まるで行き先を知っているかのように
軽やかに進んでいく。
路地の先には魚屋があり
軒下には黒猫が丸くなっていた。
小春は近づき
短く鳴いて挨拶をする。
黒猫はゆっくりと立ち上がり
二匹は並んで通りを横切った。
人々はその様子を見て
「仲が良いねぇ」
と声をかける。
祐兵と豊久は
その後ろを静かに歩いた。
「町の猫は、人に慣れておるな」
「人が乱暴をせぬからでしょうな」
猫たちは人の足元を縫い
自然と邪魔にならぬ位置を選んで進む。
町と猫が
互いの距離を知っているようだった。
通りの中央で
子どもが転びそうになると
小春が素早く身を引き
黒猫も即座に道を譲った。
何事もなく済むと
二匹は何もなかった顔で歩き出す。
「見事な身のこなしだ」
豊久が感心すると
祐兵は小さく頷いた。
「己の場所を知っている者は、
争わずに済む」
猫たちは店先の荷の影で一休みし
通りの様子をじっと観察している。
人の動き、音、風の流れ――
すべてを受け入れた上で
自分の居場所を選んでいた。
冬の町に
小さな知恵が静かに息づいている。
昼近く
小春と黒猫は
自然と館へ向かう道を選んだ。
祐兵と豊久もそれに続く。
「町を歩くと
猫の目線で見る景色も分かりますな」
豊久が言う。
「人の営みも
こうして支え合っている」
祐兵は静かに答えた。
館の前で
小春は一度だけ振り返り
黒猫と鼻先を触れ合わせた。
そして、それぞれ別の方向へ歩き出す。
別れはあっさりとしているが
また会うことを疑わぬ様子だった。
冬の町は今日も穏やかで
猫たちはその一部として
静かに生きていた。




