第七十五話 冬縁側と二つの尻尾
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
朝の飫肥は冷え込み
庭の石には薄く霜が降りていた。
伊東祐兵が縁側を掃くと
その足元に小春が現れ
尾を揺らしながら陽の当たる場所を探している。
ほどなく、黒猫も姿を見せ
小春の隣に当然のように座った。
二匹は距離を保ちつつ
同じ方向を見て目を細めている。
「猫はよく暖かい場所を知っておるな」
祐兵が言うと
島津豊久は
「人より賢いかもしれませぬ」
と笑った。
冬の朝は静かで
猫たちの息づかいだけが聞こえていた。
陽が高くなるにつれ
縁側はほんのりと温みを帯びる。
小春は黒猫に近づき
鼻先をそっと寄せた。
一瞬、緊張が走るが
黒猫は動かない。
代わりに、尾の先だけを
ゆっくりと揺らした。
それが合図だったのか
小春は丸くなり
黒猫も同じように身を縮める。
二つの毛玉が並ぶ様子に
豊久は思わず声を潜めた。
「……まるで、昔から一緒だったようですな」
「猫は言葉を使わず、距離を測る」
祐兵は静かに言った。
人の世界より
よほど穏やかなやり取りだった。
そこへ庭を渡る冷たい風。
枯葉が舞い
二匹は同時に顔を上げた。
黒猫が立ち上がり
小春の前へ半歩出る。
小春は驚いたように見上げるが
黒猫はただ風上を見据えていた。
やがて風が止むと
何事もなかったように
黒猫は元の位置へ戻る。
「守った、のかもしれませぬな」
豊久が小さく言う。
「猫なりの気遣いだろう」
祐兵祐兵はそう答え
二匹の背を眺めた。
人には分からぬ合図と判断が
この短い間に
確かに交わされていた。
冬は厳しいが
それゆえに寄り添う心が育つ。
夕刻、縁側の影が長く伸びる。
小春と黒猫は互いに背を預け
完全に眠りに落ちていた。
祐兵はそっと上掛けを持ち出し
二匹にかけてやる。
豊久はそれを見て
「祐兵殿も随分
猫扱いが上手くなりましたな」
と微笑んだ。
「静かに生きる者から
学ぶことは多い」
祐兵はそう答える。
二匹は目を覚ますことなく
穏やかな寝息を立て続けた。
人も猫も
この冬を越える仲間だ。
そう思える静かな時間が
確かにそこにあった。




