第七十三話 冬灯りの下
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
夜の帳が降り、飫肥の館は静まり返っていた。
伊東祐兵は囲炉裏に火を入れ
ぱちりと爆ぜる薪をじっと見つめていた。
そこへ島津豊久が
湯気の立つ温酒の徳利を下げて現れた。
「外はひどく冷えておりますな。
こういう夜こそ、火と酒がありがたい」
祐兵は微笑み
「確かに。冬は静けさを深める。
語るには良い季節だ」
と盃を受け取る。
小春と黒猫は
二人の間に丸まり
火の前で既に眠り始めていた。
二人は酒を少しずつ口に含み
静かな時間を楽しんだ。
「祐兵殿」
豊久がゆっくり言葉を選んだように声を出す。
「我ら、ずいぶん長く共におりますな」
「気づけば、季節がいくつも巡った」
祐兵は火を見つめたまま答えた。
「戦も政治も遠くなり、
今はただ、この飫肥の地で暮らすのみ」
豊久は頷きながら
「世がどう変わろうとも
こうして語り合える日は変わらぬとよい」
火の粉が舞い上がり
小春の耳がぴくりと動いた。
穏やかな夜だった。
ふと、外で風が唸り
雪が戸を叩く音がした。
「冬というのは、人を考えさせますな」
豊久が盃を傾けながら言う。
「あの日の狩りのこと
太吉のこと
山で出会った小さき縁――
思い返せば色々あったものです」
祐兵は静かに目を閉じた。
「縁は、雪の足跡のようなものだ。
消えることもあるが…
確かにそこにあった。
それだけで十分だ」
その言葉に、豊久は深く息を吐いた。
「祐兵殿は、雪より深い心を持っておられる」
「いや。豊久殿がいるからこそだ」
二人の視線が交わる。
酒を飲み終える頃
囲炉裏の火はやわらかな橙へと落ち着いていた。
豊久が猫たちをそっと撫でると
小春と黒猫は喉を鳴らし
また眠りへと沈んでいく。
「明日も冷え込むだろう」
祐兵は火箸で炭を寄せながら言う。
「ならば、また語りましょう。
冬は長いのですから」
豊久は軽く笑った。
やがて二人は立ち上がり
互いに軽く礼をして部屋を後にした。
薪の香りが残る静かな廊下を歩き
祐兵はふと思った。
――こうして冬を越える日々こそ
何よりの恵みである、と。




