第七十二話 雉鍋と冬のぬくもり
狩りから戻った夕刻
伊東祐兵と島津豊久は
館の囲炉裏に火を起こしていた。
雪は静かに降り続け
外はすっかり薄闇に包まれている。
「さて、雉をどう料理するか」
祐兵が腕まくりをしながら言うと
豊久は鍋を取り出し
「やはり冬は鍋がよろしいでしょうな」
と笑った。
羽をむしり、丁寧に下処理をしていくと
小春と黒猫が足元にすり寄り
期待に満ちた目で見上げてくる。
「食いしん坊め」
二人は苦笑しつつ、手を止めずに準備を進めた。
鍋には地元の冬野菜――
大根、里芋、白葱、干し椎茸を加え
祐兵が仕込んだ出汁がやさしい香りを立てる。
「雉は脂が上品ですからな。
こうして弱火でじっくり煮るのがよい」
豊久が丁寧に肉を鍋へ入れると
じゅわり、と湯気の中から旨味の匂いが立ち昇る。
小春と黒猫は耐えきれず
鍋を覗こうとして叱られた。
「こぼれたら火傷するぞ」
祐兵に注意され、二匹は不満そうに座り込む。
薪の爆ぜる音が心地よく
館の中は冬とは思えぬほど温かかった。
煮え始めた頃
二人は味見をしながら仕上げに取りかかった。
祐兵が蓋を開けると
芳醇な香りが一気に広がる。
「これは…良い出来だ」
豊久も思わず息を呑んだ。
器に盛ると
雉肉は淡い桃色を残し
野菜には旨味が染み込んでいる。
一口含むと、
「……沁みるな」
祐兵は静かに微笑んだ。
豊久は頷きながら
「冬の山の恵みですな。
命をいただくというのは、ありがたいものです」
小春と黒猫には
骨の周りの肉を少しだけ与えると
二匹は尻尾を立てて喜んだ。
鍋の湯気が立ちのぼる中
二人は囲炉裏端でゆっくり箸を進めた。
外では雪がしんしんと降り積もり
世界が柔らかな白に包まれていく。
「明日も雪かもしれませぬな」
豊久が言う。
「ならば、明日は干し物でも作るか。
残った雉肉も保存できよう」
祐兵は火を見つめ、穏やかに応じた。
鍋を平らげると
小春と黒猫が膝へ乗り
満足そうに喉を鳴らす。
「こいつらにも良い夜だな」
「我らも同じですな」
静かな雪夜
山の恵みと火の温もりに包まれた
豊かなひとときだった。




