第七十一話 雪山に息づく影
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
夜明け直前、飫肥の山は薄い青に染まり
昨夜の雪が静かに積もっていた。
伊東祐兵は弓を背に
「今日の雪は足跡がよく読める」
と呟く。
島津豊久は槍を携え
「鳥も獣も、今朝は腹を空かせて動き出す頃ですな」
と微笑んだ。
二人は山道に入り
ふかふかと沈む雪を踏みしめながら進んだ。
息は白く、木々の枝は凍りつき
風が吹くたびに細かな粉雪が舞う。
やがて――祐兵が立ち止まった。
「見ろ、山鳥の足跡だ。かなり新しい」
狩りの一日が、静かにはじまった。
足跡はまっすぐ伸び
やがて茂みの向こうで途切れていた。
祐兵は膝をつき、雪の乱れを読み取る。
「羽ばたいて移動したな。近いぞ」
豊久は周囲の気配を慎重に探る。
風の流れ、枝のきしみ
遠くの雪のざらりと崩れる音――
冬山はひっそりとしながらも
命の気配を潜ませている。
二人がさらに進むと
古い倒木の陰に細い羽が一枚落ちていた。
「間違いない。雉だ」
祐兵の声が低く響いた。
豊久は槍を構え
「追い立てます。祐兵殿、弓を」
二人の呼吸がぴたりと揃う。
豊久がそっと足を踏み出すと
枯れ草の奥で――ぱさっ、と影が跳ねた。
雉が雪を払って飛び立ち
青空へ向かって一直線に逃げる。
「今だ!」
祐兵の弓が唸り
矢は白い息を切り裂いて放たれた。
冬空に響く、鋭い音。
次の瞬間、矢は見事に雉の脇を射抜き
獲物は雪上に落ちた。
「見事でございますな」
豊久が駆け寄り、獲物を抱き上げた。
祐兵は弓を下ろし
「山に感謝せねばな。
この厳しい季節に命を頂くのだから」
彼らの言葉に
森の静けさが深く応えたように思えた。
帰り道、空は薄紅に染まり
雪原は金色の光を受けて輝いていた。
祐兵は背に獲物を背負い
「今日は良い狩りだった」
と満足げに語る。
豊久は息を整えながら
「雉は鍋にしますか?炭火焼きも捨てがたい」
と笑った。
館の近くまで戻ると
小春と黒猫が
待っていたかのように足元へ駆け寄ってきた。
二匹の鼻は敏感で
雉の匂いを察して目を輝かせている。
「お前たちにも少しだけ分けてやろう」
祐兵がそう言うと
二匹は嬉しそうに尻尾を揺らした。
雪山の静かな狩りと
帰り道の温かな気配。
冬の一日は満ち足りた余韻を残し
ゆっくりと夜へ溶けていった。




