第七十話 冬菜の香り、雪囲いの膳
雪がしんしんと降り積もる朝
伊東祐兵が外を眺めていると
島津豊久が薪を抱えて戻ってきた。
「今日は寒さが骨に染みますな」
「ならば温かい料理がよい」
二人の視線が同時に囲炉裏へ向いた。
蔵には冬野菜がまだたっぷりとあり
大根、かぶ、里芋に干し椎茸。
「せっかくなら、手間をかけた料理を作ろうか」
祐兵が提案すると
豊久も目を輝かせて頷く。
小春と黒猫も
火鉢の前からのっそりと顔を出し
何やら楽しげに尻尾を揺らしていた。
まずは大根を厚めに切り
昆布と干し椎茸のだしでじっくりと煮る。
じわりと立ち上る湯気が部屋を温めた。
「冬の大根は甘いな」
豊久が鍋を覗き込みながら言う。
続いて里芋を皮のまま火にかけ
柔らかくなったら指先でつるりと剥く。
「ほう、この里芋もよい粘りだ」
祐兵は手際よく味噌を溶かし
冬菜を加えて煮込み始めた。
ふと見ると小春が
里芋の入った籠に近づき
黒猫と一緒にしげしげと覗き込んでいる。
「だめだぞ、これはまだ食えん」
祐兵が笑って二匹を抱きよせた。
鍋がぐつぐつと音を立てはじめると
部屋は一層良い香りに満ちた。
そこへ祐兵がもう一品
炙った鰯を細かくほぐし
味噌仕立ての汁に加える。
「これは贅沢な味になりますな」
豊久の言葉に祐兵も頷く。
味をみると
冬の甘味と旨味が一体となり
体の芯から温まるような深い味わい。
二匹の猫もそわそわしながら
鍋のそばを行き来し
湯気のむこうから二人を見上げてくる。
「お前たちにも後で少しだけな」
豊久が言うと
小春と黒猫は同時に
「にゃあ」と短く鳴いた。
夕暮れ、雪はさらに深く降り積もる。
囲炉裏の前に膳が並び
冬菜の味噌煮、里芋の煮ころがし
炙り鰯の汁物が湯気を立てていた。
「これは見事だ」
豊久が箸を取り
まずは冬菜の味噌煮を口に運ぶ。
「……うまい。冬の恵みそのものですな」
祐兵もゆっくり味わい
「寒さが厳しいからこそ
こうして温かい料理が沁みるものだ」
と微笑む。
足元では小春と黒猫が
二人の気配に寄り添い
時折もらえる鰯のほぐし身に
幸せそうに喉を鳴らしている。
外は雪音の消える静けさ
内は温かな灯りと料理の香り。
冬の日の心満たされる晩餐であった。




