第六十八話 霜の山道に息づくもの
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
その朝、飫肥の山々は薄い霧に包まれ
木々の枝には一面の霜がきらりと光っていた。
伊東祐兵は外套を羽織り
「今日は山を歩いてみよう」
と島津豊久に声をかけた。
豊久も装束を整え
「冬の山は静かで気持ちが整いますな」
と応じる。
小春と黒猫は火鉢の前で丸くなり
今日はついていく気がないようだった。
二人は足元の雪を踏みしめながら山道へ向かう。
冷えた空気が頬を刺し
冬の凛とした気配が胸をすうっと澄ませた。
山道に入ると、木々は白い化粧をまとい
枝先には霜の花が咲いているようだった。
「これは……霜華と言ったか」
豊久がそっと枝に触れ
祐兵もその繊細な美しさに目を細める。
足元では小川がきらきらと凍りかけ
薄氷の下を水が静かに流れていた。
「冬はすべてが眠っているようでいて
こうして生きている音が聞こえる」
祐兵の言葉に豊久は耳を澄ませた。
鳥の声も少ない季節だが
遠くで枝が揺れる微かな音がする。
風も音も控えめで
『冬の静けさ』そのものが流れていた。
少し進むと、大きな岩肌に
つららがびっしりと並んでいた。
太陽の光を受けて透明に輝き
まるで柱のように連なっている。
「見事なものだな……」
祐兵が感嘆すると
豊久も思わず息を呑んだ。
近くの枝から粉雪がふわりと舞い落ち
光を受けて虹のようにきらめく。
その光景は自然が描く絵画のようで
二人はしばし言葉を忘れた。
「冬は厳しいが
こうした美しさもあるのですね」
豊久の言葉に祐兵は静かに頷き
胸の中に冷たくも澄んだ風が通った。
帰り道、日が傾き始めると
山の影が長く伸び、雪面は青く染まった。
「今日の山は格別に美しかったな」
祐兵が言うと
「ええ。寒さの中にしかない景色でした」
豊久も深く頷いた。
館に戻ると、小春と黒猫が
暖かな空気の中から顔を出した。
「ただいま戻ったぞ」
祐兵が声をかけると、二匹は足元にすり寄り
冷えた手を温めるように頬を押し当ててくる。
火鉢にあたりながら
二人は山で見た霜華やつららの光景を語り合った。
冬の自然は厳しくも
心を静かに澄ませてくれるものだった。




