第六十七話 冬陽に揺れる城下道
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
その日は珍しくよく晴れ
飫肥の町には白い息がゆっくりと漂っていた。
伊東祐兵は館の門を出ながら
「今日は町の様子を見ておくか」
とつぶやいた。
島津豊久も外套を整え
「良い日和ですな。寒さもやわらいでおります」
と答える。
小春と黒猫がついて来ようとしたが
火鉢の前で丸まっていた温もりに負け
二匹とも結局その場に落ち着いた。
「では、行って参るぞ」
祐兵が声をかけ
二人は静かな冬陽の差す町道へと足を向けた。
町に入ると
朝の市を片付けた後の匂いがまだ漂っていた。
魚屋は干物を風にさらし
八百屋では冬菜を洗う水音が小気味よい。
「冬の町は、どこか清らかですな」
豊久が言うと、祐兵は頷いた。
「空気が澄み、音がよく通る」
道端では子らが小さな雪玉を転がし
商人たちは手をこすりながら挨拶をしてくる。
祐兵と豊久は一軒一軒に軽く言葉を返し
その気さくさに町の者も笑顔を返した。
冬の冷たさの中
人々の温かさが際立つ散歩であった。
町はずれの寺の前まで来た頃
ふと甘い匂いが風に乗った。
「……これは、餅を焼く香りか」
祐兵が足を止めると
近くの家の軒先で老人が餅を炙っていた。
「祐兵様、豊久様。良ければひとつどうぞ」
老人が差し出したのは焼き立ての薄焼き餅。
香ばしい焦げ目と、湯気がなんともたまらない。
「ありがたく頂戴いたす」
祐兵が一口かじると
中の味噌がほろりと溶けて広がった。
豊久も感嘆の声を上げ
「これぞ冬の味ですな」
と笑う。
小さな出会いが
町歩きの楽しみをそっと深めていった。
帰り道、日が傾きはじめ
町道には長い影が伸びていた。
川面は薄く凍り
夕陽がその上で揺れる。
「今日の町も、変わらず穏やかであったな」
祐兵の言葉に、豊久は温かな息を吐きながら頷く。
「ええ。こうした日々こそ守りたいものです」
館に戻ると、小春と黒猫が
火鉢の前で眠たげな顔を上げた。
「ただいま」
祐兵が声をかけると、二匹はのそりと立ち上がり
足元にすり寄ってくる。
冬の町歩きで冷えた体が
猫たちの温もりでゆっくりと溶けていく。
こうして小さな幸せが
またひとつ積もる冬の夕暮れであった。




