第六十六話 冬灯り、語る夜
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
その夜、飫肥の館は深い静けさに包まれていた。
外では風が雪を運び
時おり障子にさらさらと触れていく。
伊東祐兵は火鉢の前に座り
炭を整えながらそっと息をついた。
ほどなくして島津豊久が現れ
湯気の立つ茶を二つ運んできた。
「今夜は少し語り合いたい気分でな」
祐兵が言うと、豊久は微笑んで隣へ腰を下ろした。
小春と黒猫は火鉢の近くで丸まり
二人の語らいを聞くように耳をぴくりと動かしていた。
冬の夜は長く
その長さがふたりを落ち着かせていた。
「冬になると、どうにも昔を思い出す」
祐兵が茶をすすりながら呟く。
豊久は静かに頷き
「ええ、寒さの中にいると
遠い日々の気配が蘇るものですな」
と返した。
しばし沈黙が落ちたが
その沈黙さえ心地よかった。
火のはぜる音、猫の寝息
雪の降る微かな気配。
すべてが夜を柔らかく満たしていた。
「……こうして平穏に過ごせる日々が
いかに尊いかと思う」
祐兵の言葉に、豊久は
「我らが守るべきは、この静けさでしょうな」
と答えた。
二人の声は、冬の闇に静かに溶けていった。
やがて豊久はふと笑みを浮かべ
「しかし、祐兵殿。
平穏といっても、猫殿たちが賑やかで退屈しませんな」
その言葉に小春が耳を動かし
黒猫は尻尾で返事をした。
祐兵も笑い
「確かに。二匹のおかげで
館はいつも温かい」
と言った。
窓の外を見ると
月が雲間から姿をのぞかせ
雪明かりが庭を淡く照らしていた。
「こうして見れば……
冬も悪くないものだ」
祐兵が呟くと、豊久も静かに頷いた。
語らいは、やさしい余韻を残しながら
自然に次の話題へと流れていった。
「いつか、春が来ても——
この語らいの時間は変わらぬと良いな」
祐兵が言うと
豊久は茶を一口飲んでから、力強く答えた。
「ええ。季節が移ろえども
我らの心は変わらずありたいものです」
火鉢の炭がぱちりと弾け
その音が二人の言葉に小さな拍子を添える。
小春と黒猫は、二人の足元で仲良く寄り添い
その温もりが言葉にできぬ安心を運んでくれた。
「さて、そろそろ休むか」
祐兵が立ち上がると、豊久も頷く。
冬の静夜はもう深く
語り合った言葉の余韻だけが
ゆるやかに残っていた。
こうして、冬の語らいの夜は穏やかに更けていくのであった。




