第六十二話 冬市と禿げ頭の末路
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
冬晴れの朝、飫肥の町では市が立ち
路地に野菜や干物の香りが漂っていた。
伊東祐兵と島津豊久は
「今日は買い出しに出よう」
と館を出た。
小春は留守番と言われたものの
結局こっそり二人の後をついてきて
豊久に抱き上げられることになった。
市は人で賑わい
大根や芋、味噌樽がずらりと並んでいる。
「今夜の鍋は大いに期待できそうだ」
祐兵が言うと、豊久は笑ってうなずいた。
その時、雑踏の中で
妙に光る【禿げ頭】が目に入った。
禿げ頭の男は
人混みの影でひっそりと袋物を盗んでは
懐に隠す動きを繰り返していた。
「祐兵殿、あれは……」
豊久が目線で示すと
祐兵は低くつぶやいた。
「……うむ。あれは噂の盗人、元成だな」
元成は気づかれぬよう
そろりと背を向けて歩き出す。
祐兵と豊久は市の活気を乱さぬよう
静かにその背を追った。
「まったく、冬の市で盗みとは無粋な」
「寒さで頭が冷えておらぬのでしょう」
豊久の冗談に祐兵が吹き出し
そのまま二人は路地裏へと踏み入った。
元成が盗品をまとめようとしていたところへ
祐兵が静かに声をかけた。
「おい元成、その手を離せ」
振り返った元成は
「ひっ……!誰だ!?」
と狼狽える。
禿げ頭が陽光に照らされ
まぶしく輝いた。
「飫肥で悪事は許さぬ」
祐兵が一歩踏み出すと
元成は袋を投げて逃げ出した。
だが豊久があっさり回り込み
太い足で大地を踏みしめて立ちふさがる。
「さて、どういたしますかな?」
観念した元成はがくりと膝を落とした。
「ひ、ひい!助けてくだせぇ!」
しかしその禿げ頭に
小春の視線がぴたりと吸い寄せられた。
小春はするりと豊久の腕から抜け
つかつかと元成の前へ。
「お、おい、猫……近ぇ!」
次の瞬間——
ぴしゃっ!
小春の前足が華麗に振り抜かれ
元成の禿げ頭には赤い三本線が走った。
「いでッ……!!」
町人が遠巻きに笑い
豊久は肩を震わせ
祐兵はため息まじりに言った。
「悪事は、猫にも見抜かれるようだな」
盗品を返させた上で役所に引き渡し
二人と小春は買い出しを続けた。
夕方、館に戻ると黒猫が出迎え
小春は得意げに胸を張った。
「小春殿の功績ですな」
豊久が笑うと、祐兵もうなずいた。
冬の市にまた一つ
愉快な噂が増えた日であった。




