第六十一話 冬菜を煮る刻のぬくもり
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
冬の昼下がり、飫肥の館に穏やかな光が差していた。
伊東祐兵は蔵から野菜籠を取り出し
「そろそろ冬菜を使い切らねばな」
とつぶやく。
島津豊久は台所を覗き込み
「今日の献立は何ですかな?」
と笑った。
籠の中には大根、蕪、里芋、干し椎茸。
冬の恵みがぎっしり詰まっている。
小春と黒猫は足元で香りを嗅ぎ
気になるのか二匹そろってついて回る。
「よし、今日は煮物だ。
時間をかけて、ゆっくりと味を染ませよう」
祐兵は袖を捲り、調理の支度を始めた。
台所には、刻む音が心地よく響いていた。
大根は厚めに切り
蕪は葉を落として丸のまま。
里芋は皮をむきながら、祐兵は
「冬の芋は実がしまって良い」
と満足げだ。
豊久は椎茸を水で戻し
「香りが強い。良い乾し方ですな」
と香りを確かめる。
鍋に火をかけると、味噌と出汁の匂いが広がった。
小春が鼻をひくつかせ、黒猫もじっと鍋を見つめる。
「慌てるな、小春殿。まだまだ煮えぬぞ」
豊久が笑い
猫たちは諦めて座布団に落ち着いた。
静かな台所に、冬のあたたかい湯気が満ちていく。
煮物がぐつぐつと音を立てる頃
祐兵は味をみながら火加減を調整した。
「まだ少しだな。もうひと息」
豊久は湯気の立つ酒を用意し
「料理の合間の一杯というのは格別ですな」
と笑う。
二人は火鉢のそばで湯を飲みながら
しばし冬の談笑を楽しんだ。
やがて台所からふわりと
甘い大根と味噌の香りが漂い始める。
小春と黒猫は同時に立ち上がり
「そろそろだぞ」
と言わんばかりに二人を見上げた。
「うむ、良い香りだ。そろそろ仕上がったな」
祐兵は鍋の蓋を開け
柔らかく煮えた具材をゆっくりと器に盛った。
夕餉の席には、冬菜の煮物が湯気を立てて並んだ。
大根は箸で崩れるほどにやわらかく
里芋はとろりと濃厚
蕪はほんのり甘い。
「これは見事ですな、祐兵殿」
豊久が頬をほころばせ
祐兵も静かに満足の息をついた。
二匹の猫には、鍋の横で煮ておいた
白身魚をほぐして与える。
小春も黒猫も夢中で食べ始め
二人はその姿に笑い合った。
火鉢の炭がぱちりと音を立て
外では雪が舞い始めている。
「冬は、こうして温かいものを囲むのが一番だな」
祐兵が言うと、豊久もうなずいた。
冬の恵みが、心をゆるやかに満たしていった。




