第五十八話 冬晴れの町をゆく
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。あの作品で有名。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
冬晴れの朝、飫肥の町には冷たい風が吹いていたが
空は澄み、陽の光はどこか柔らかかった。
伊東祐兵は縁側で支度を整え
「今日は町を歩いてみようか」
とつぶやいた。
島津豊久も外套を羽織り
「雪も落ち着きましたし、良き日和ですな」
と笑う。
小春と黒猫はついて来たそうに
足元をうろうろしていたが
「帰ったら干物をやるぞ」
と祐兵が言うと
二匹は満足げに館で留守番を決めた。
こうして、二人は冬の町歩きに出ることになった。
町の通りには白い息が漂い
商人たちは手を温めながら客を迎えていた。
魚屋の店先では寒ブリが吊られ
八百屋には大根や里芋が山のように積まれている。
「冬は食の宝が多いですな」
豊久が言うと、祐兵も頷いた。
饅頭屋からは蒸気がふわりと上がり
二人は香りに誘われて立ち寄った。
店主が差し出した温かい饅頭は
手に持つだけで心まで温まる。
「ここの饅頭は相変わらず良いな」
「ええ。いつ食べても飽きぬ味です」
二人は歩きながら頬張り
ゆるやかに町の空気を味わった。
城下の外れ近くまで来ると
子らが雪玉で遊ぶ声が響いてきた。
祐兵と豊久の姿を見つけた子どもたちは
「お侍様だ!」
と目を丸くし
しかしすぐに笑顔で駆け寄ってくる。
「怪我せぬよう、気をつけるのだぞ」
祐兵が言うと、子らは元気に返事をした。
そのとき、一人の子が握る雪玉が
ころりと足元に転がった。
豊久が拾い上げ
「この雪、よく固めてある。良い腕前だな」
と笑うと、子らは照れたように顔を赤くした。
冬の町には、雪と笑い声がよく似合った。
日が傾き始めた頃、二人は館へ戻った。
小春と黒猫は玄関で待っていたらしく
二人を見るなり尻尾を立てて駆け寄ってくる。
「良い子で待っていたな」
祐兵が撫でると、猫たちは満足げに喉を鳴らした。
干物を用意する豊久に二匹がまとわりつく。
囲炉裏に火をくべ、饅頭の残りを温めると
ほんのり甘い香りが部屋に広がった。
「冬の町歩きも良きものですな」
豊久が酒を注ぎ、祐兵も盃を手に取る。
外では夕雪が細く舞い始めていたが
館の中は猫と火と湯気で満ち
やさしい夜が静かに訪れた。
こうして、二人の冬の日は穏やかに終わっていった。




