第五十七話 雪白の朝に寄り添う音
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。あの作品で有名。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
夜半の雪が静かに積もり、飫肥の館は白く沈んでいた。
伊東祐兵が障子を開けると
小春と黒猫は並んで座り
雪原の輝きをじっと見つめていた。
「今日も早いな、二匹とも」
祐兵は湯気の立つ茶を手にして
猫たちの静かな背中を見つめる。
そこへ島津豊久が
薪を抱えてにこやかに現れた。
「祐兵殿、朝餉の支度に火を起こしておきましたぞ。
この寒さ、まずは腹を温めませぬと」
二人は軽く笑い合い、冬の一日が穏やかに始まっていった。
朝餉は大根と干し椎茸の素朴な汁物。
冬野菜の旨みが深く、体の芯まで染み渡る味だった。
「これはうまい。雪の日の味ですな」
豊久の言葉に、祐兵は静かに笑って箸を進める。
小春と黒猫は湯気の匂いを楽しむように鼻をひくつかせ
時おり二人の足元にすり寄ってくる。
食後、二人は雪の積もった庭の掃きを始めた。
祐兵が竹箒を使い、豊久は木々の枝を払い落とす。
雪は軽く、掃くたびにさらさらと音を立てた。
「冬には冬の仕事がありますな」
「うむ。こうした静けさも、悪くはない」
小春が足跡をつけ、黒猫がその後ろをゆっくり歩いていった。
雪がやみ、白い光が差し始めたので
二人は館の裏手を散歩することにした。
小川沿いの道は雪に覆われ
踏むたびにぎゅっ、ぎゅっと心地よい音がする。
小春は時折ふわりと落ちてくる雪片にじゃれ
黒猫はその後を静かに追った。
「風が澄んでいるな」
祐兵が言うと、豊久は空を仰いだ。
「ええ。音がよく通る。
遠くの鳥の声まで聞こえるようです」
山の木々からひらりと雪が落ち
二人の肩にそっと積もった。
だが誰かの悪戯と呼べるほどの気配ではなく
ただ冬の森が呼吸しているだけのようだった。
日が傾き始める頃、二人は館へ戻った。
火鉢には赤い炭が熾り、部屋に暖気が満ちていく。
小春と黒猫はすぐに火のそばに寄り
丸くなって静かに目を閉じた。
「今日も良い一日であったな」
窓の外では、細かな雪がまた降り始めている。
「明日もこんな日だと良いのだが……」
祐兵の言葉に、豊久は柔らかく笑って答えた。
「ええ。平穏のありがたさを噛みしめる冬ですな」
焔の揺らぎと猫たちの寝息が重なり
夜は静かに、深く落ちていった。




