第五十五話 小春と黒猫
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。あの作品で有名。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
冬の朝、飫肥の庭には薄い霜が降りていた。
伊東祐兵が外へ出ると
小春が庭の石畳をそわそわと歩き回っている。
「小春殿、どうした?」
祐兵が問いかけると、小春は何度も振り返り
門の方へと急いで歩いた。
その様子に気づいた島津豊久が
「何か、来ておりますな」
と静かに言う。
門の影から、細身の黒猫が姿を現した。
片耳に小さな切れ目のある、慎重な眼差しの猫だった。
小春は尻尾を高く上げ、その黒猫に近づいていく。
小春と黒猫は数歩の距離で立ち止まり
互いに鼻を近づけて匂いを確かめ始めた。
「おお……これは友と認め合っておるようですな」
豊久が楽しげに言う。
祐兵も腕を組んで頷いた。
「争う気配はない。むしろ気に入ったようだ」
黒猫は少し緊張した様子だったが
小春が寄り添うと、ようやく身体をゆるめた。
やがて黒猫は庭の端へ歩き、小春が後をついていく。
二匹の足跡が雪の上に並び
それはまるで新しい縁が刻まれるようだった。
二匹が並んで歩き回るうち、黒猫は突然庭の梅の木に飛び乗った。
身軽に枝へと跳び、そこから小春を見下ろす。
小春は驚いたように鳴き
そして勢いよく木に登ろうとして――
雪で滑って落ちた。
「こらこら、小春殿、無茶をしてはならぬ」
豊久が駆け寄り、小春を抱き上げると
小春は照れたように喉を鳴らした。
黒猫は枝の上で軽く尻尾を振り
まるで『心配するな』とでも言うような仕草を見せる。
祐兵は小さく笑い
「黒猫殿も中々やんちゃな性格よ」
と呟いた。
黒猫は木から降りると、小春の横に並び
二匹で館の軒下へ歩いていった。
雪から逃れるように寄り添い
まるで家族のように丸くなっていく。
「気に入ったのでしょうな。ここを住処にする気かもしれませぬ」
豊久が嬉しそうに言う。
祐兵は頷き
「ならば迎え入れてやろう。
野に生きる者も、ここで安らげばいい」
と優しく言った。
小春は黒猫の毛を舐め
黒猫は静かに目を閉じた。
雪の降る庭で
新しい絆がそっと芽生える冬の朝であった。




