第五十四話 寒椿の咲く庭で
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。あの作品で有名。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
冬の朝、飫肥の館は深い静けさに包まれていた。
伊東祐兵が庭に出ると
白い霜の中にひときわ鮮やかな赤が目に映った。
「……咲いておるのか」
寒椿であった。
雪に埋もれながらも力強く
朝日を受けて凜と輝いている。
そこへ島津豊久がやってきて
祐兵の視線の先に気づいた。
「寒椿……この寒さの中よう咲きますな」
「冬に咲く花は、強い」
二人はしばし黙って椿を見つめた。
太吉の墓を訪れた翌日――
まだ胸の痛みが消えぬ朝であった。
豊久は落ちた椿の花を手に取り
その鮮やかさに息を呑んだ。
「花は散れど、美しさを残しますな」
祐兵はうなずき
「太吉も……学ぼうとした心を残していった。
それが何よりの証だ」
と言った。
庭の端には小春の姿があり
寒椿の根元で丸くなっている。
猫のあたたかな息が椿の葉を揺らした。
「まるで太吉が寄り添っているようですな」
豊久の言葉に、祐兵の胸が静かに痛む。
しかし、寒椿の赤は心を刺すのではなく
どこか励ますような強さを帯びていた。
そのとき、どこからか風が吹き
椿の花弁が雪の上に軽く散った。
祐兵は落ちた一輪を拾い上げ
「太吉に供えてやろう」
と呟いた。
豊久もまた、枝についた蕾を見つめながら言った。
「寒椿は、寒さに負けず咲くらしいです。
冬の命を象徴する花だとか」
祐兵はその言葉にゆっくり頷き
「我らも……負けてはおれぬということだな」
と静かに答えた。
空を見上げると、雲が割れ
一筋の光が椿の赤を照らした。
その輝きは、まるで太吉の笑顔の残光のようであった。
椿の花を持ったまま
祐兵と豊久は庭の端まで歩いた。
冷たい風が二人の衣を揺らす。
祐兵はそっと花を胸に当て
「太吉よ……お前のためにも、前へ進むぞ」
と呟いた。
豊久もまた微笑を浮かべ
「あの子が好きだったように
今日も学び、今日も働き
今日も強く生きましょう」
と続けた。
小春が二人の足元に寄り添い
寒椿の葉が風に揺れ、静かな時間が流れる。
冬の庭に咲くたった一輪の椿は
二人の心に、ゆっくりと温もりを取り戻させていた。




