第五十一話 木乃葉天狗、悼む
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。あの作品で有名。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
雪の降り続く静かな朝
伊東祐兵と島津豊久は
太吉一家の墓を見守るため
山道をゆっくりと歩いていた。
木札の墓標には薄く雪が積もり
昨夜供えた花も白く覆われている。
「今日も……冷えるな」
祐兵が墓前の雪を払うと
豊久は持ってきた小さな灯火をそっと供えた。
「太吉殿、また学びに来る日を楽しみにしておりましたのに……」
二人が静かに手を合わせたそのとき
谷底から淡い風が吹き上がった。
どこか懐かしい笛の音が混じっていた。
風の音に紛れて
木の葉がひとひら
ふわりと舞い落ちた。
冬にあるはずのない、金色の葉。
祐兵と豊久が振り向くと
古木の影から、木乃葉天狗が姿を現した。
大きな翼は雪をまとい
鳥のようでいて、人のような不思議な姿。
天狗は祐兵たちを見つめ、小さく首を垂れた。
「……来てくれたのか」
豊久の言葉に、天狗は再び金の葉を散らした。
その葉は墓前に落ちると
まるで灯火のように淡く光り始めた。
どこにも敵意はなく
ただ静かな哀悼の想いが満ちていた。
木乃葉天狗は墓の前にゆっくりと歩み寄り
爪のついた手で雪を掬うようにして、墓標へそっと置いた。
それはまるで、山に暮らす者の作法で
死者を見送る儀式のように見えた。
「天狗殿……太吉のことを知っておったのか?」
祐兵が問うと、天狗は空を仰ぎ
寂しげに笛を鳴らした。
その響きには
『幼き者の魂よ、山の風と共に安らげ』
という祈りが込められているようだった。
祐兵と豊久は胸に手を当て、深く頭を下げた。
人ならざる者であっても
その祈りは確かに届いていると感じられた。
笛の音が止むと、木乃葉天狗は
墓前に落ちた金の葉をもう一枚拾い
祐兵の手のひらへそっと置いた。
「……太吉殿への贈り物、ということでしょうか」
豊久が言うと、天狗は静かに頷いた。
そして翼を広げ、雪煙を巻き上げながら
音もなく空へと舞い上がっていった。
残された二人は
墓前の灯火と金の葉を見つめた。
「太吉……お前は一人ではない。
山の者すら、お前を悼んでくれておる」
祐兵はそう呟き、墓に花を添えた。
雪の中で、金の葉はまるで
春を告げる光のように静かに輝いていた。




