第五十話 祐兵、憤怒
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。怒ると怖い。
豊久くん…島津豊久。あの作品で有名。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
その日は、雪まじりの風が吹く寂しい午後であった。
伊東祐兵と島津豊久は
太吉が最近、館に遊びに来ないことを案じて
山際の村はずれへ向かっていた。
だが、村道の先に広がる光景は
――凍てつくような惨状だった。
太吉の家は荒らされ、柱は折れ
雪の上には血が散っている。
倒れ伏す両親、息絶えた太吉の姿。
太吉は祐兵からもらった書を守るように抱え込んでいた。
豊久の手が震え、祐兵の瞳は深い闇に沈んだ。
「……野盗か」
祐兵は静かに、しかし底の見えぬ声で言った。
「許さぬ。すべて斬る」
初めて見る祐兵の憤怒の形相に
豊久はぶるっと全身が震えた。
やがて、山奥の廃屋に潜む野盗どもの姿が見えた。
十名。
いずれも血に酔った目をしている。
祐兵と豊久は無言のまま雪を踏みしめ、ただ歩いた。
「おい、誰だてめぇら……」
野盗が言い切る前に
豊久の刀が閃き、足元の雪が紅に染まった。
「貴様ら……なぜあの家族を」
豊久の問いに、野盗の一人が薄ら笑いを浮かべる。
「金になりゃなんでもいいんだよ」
その一言で、祐兵の心に灯っていた炎が爆ぜた。
「ならば貴様らの命にも価値はない」
言葉の次には、野盗の首が転がっていた。
二人はそのまま、野盗たちに斬り込んでいた。
「祐兵殿は頭領を。他は私が引き受けます」
瞬く間に豊久が七人を倒し
残るは頭領ただ一人となった。
「伊東祐兵と申す。其の方の名は?」
「吉浜権左だ、侍を斬るのは久しぶりだぁ」
頭領は巨大な大太刀を構え、狂気の笑みを浮かべる。
「おもしれぇ……来いよ!」
祐兵は刀を下段に構え、足元の石を拾い上げた。
ひとつ
ふたつ
みっつ――
石が頭領の大太刀に当たり、甲高い音が響く。
三度目で刃がわずかに欠けた。
「な……に?」
その刹那、祐兵は踏み込んだ。
「遅い」
欠けた部分に祐兵の刀が吸い込まれるように入り
大太刀は真っ二つに折れ
頭領はそのまま一刀両断に倒れた。
戦いが終わると、雪はさらに強く降り始めていた。
祐兵と豊久は太吉の家に戻り
三つの遺体を静かに横たえた。
豊久は合掌し、震える声で言った。
「太吉殿……もっと学ばせてやりたかった」
祐兵は太吉の小さな手を包み込むように握り
深く、深く瞳を閉じた。
「すまぬ……守れなんだ」
二人は雪の中に墓を作り
三人の名を刻んだ木札を立てた。
風が吹き、雪が静かに積もっていく。
「……安らかに眠れ。けっして、忘れぬ」
祐兵と豊久は長く頭を垂れ
冬空の下で三つの魂をそっと見送った。




