第四十九話 雨宿りの出会い
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。あの作品で有名。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
雨が降りしきる午後
祐兵は城下の書店を訪れていた。
「これは珍しい書だな」
古い兵法書を手に取り
本をめくっていると
突然雨脚が強くなった。
「これは...帰れそうにないな」
祐兵が軒下で雨宿りをしていると
同じように濡れた少年が駆け込んできた。
「ふう...危うく濡れるところでした」
少年は十歳ほどだろうか。
着物は質素だが、目に聡明な光がある。
「坊主、一人か?」
祐兵が声をかけた。
「はい。使いの帰りでして」
少年が礼儀正しく答えた。
「この雨では帰れまい。しばらくここで待つと良い」
「ありがとうございます」
少年は祐兵の持つ書に目を留めた。
「それは...兵法の書ですか?」
「よく分かったな」
「父が同じような本を持っていました。武士の心得を学ぶ本だと」
「ほう。お前の父は武士か?」
「いえ、農民です。でも、父は学問が好きで、字を習えと言われています」
祐兵は少年に興味を持った。
「お前は学ぶことが好きか?」
「はい!いつか立派な…...」
少年は言葉に詰まった。
「立派な人になりたいです」
その時、豊久が傘を差して通りかかった。
「おや、祐兵殿。こんなところで何を」
「豊久殿。雨宿り中だ」
豊久は少年を見て、優しく微笑んだ。
「これはこれは。坊主も雨宿りか?」
「は、はい!」
少年が緊張して答えた。
「傘を持っておる。一緒に帰るか?」
豊久が少年に声をかけた。
「よろしいのですか?」
「もちろんだ。祐兵殿も、私の傘に入られよ」
「すまぬな」
三人は一つの傘の下、歩き始めた。
「坊主、名は何という?」
祐兵が尋ねた。
「太吉と申します」
「太吉か。良い名だ」
「お侍さまたちは?」
「私は伊東祐兵。こちらは島津豊久殿だ」
太吉の目が大きく見開いた。
「えっ!あの、飫肥藩と島津家の!?」
「まあ、そういうことになるな」
豊久が笑った。
「し、失礼なことを...…」
太吉が慌てて頭を下げた。
「気にするな。お前は礼儀正しく、賢い子だ」
祐兵が言った。
太吉の家に着くと、父親が出てきた。
「太吉!遅かったな...これは」
父親は二人の武士を見て、慌てて頭を下げた。
「お侍さま方、息子が何か?」
「いや、雨宿りで出会っただけだ」
祐兵が説明した。
「良い息子さんだ」
「お侍さま方が...…恐れ多いことで」
「太吉殿」
豊久が少年に声をかけた。
「学問を続けると良い。お前なら立派な人になれる」
「はい!」
太吉の目が輝いた。
二人が去ろうとすると、祐兵が振り返った。
「太吉、もし分からぬことがあれば、館を訪ねて来ると良い。教えてやろう」
「本当ですか!?」
「ああ。学びたい者を拒む理由はない」
太吉は深く頭を下げた。
「ありがとうございます!」
帰り道、豊久が祐兵に言った。
「祐兵殿、優しいですな」
「あの子には何か光るものがある」
「確かに。目が違いましたな」
「身分に関わらず、学ぶ心を持つ者は尊い」
「その通りですな。私も見習わねば」
「豊久殿も十分に学んでおろう」
「いやいや、祐兵殿には遠く及びませぬ」
雨は小降りになっていた。
「それにしても」
豊久が言った。
「あの子が本当に館を訪ねてきたら、どうします?」
「教えるさ。約束したのだから」
「ふふ、楽しみですな」
その後、太吉は本当に館を訪れるようになった。
週に一度、仕事の合間に訪ねてきて、祐兵に字や算術を習う。
時には豊久も加わり、三人で学問を楽しんだ。
「太吉殿、上達が早いな」
豊久が感心した。
「お二人が良い先生だからです」
「いや、お前の努力の賜物だ」
祐兵が言った。
ある日、太吉が尋ねた。
「お殿様たちは、なぜ私のような者に教えてくださるのですか?」
祐兵と豊久は顔を見合わせた。
「学びたいという心があるからだ」
祐兵が答えた。
「そして、お前が真面目だからだ」
豊久が続けた。
「お前のような若者が育てば、この国はもっと良くなる」
太吉の目に涙が光った。
「私、頑張ります。お二人のような立派な人になりたいです」
「きっとなれる。いや、もっと立派になれるかもしれぬ」
雨宿りから始まった出会いは
こうして深い縁へと変わっていった。
猫の小春が太吉の膝に乗り、満足そうに目を細めている。
「小春殿も、太吉殿を認めたようだな」
豊久が笑った。
「これからも、ここで学んで行くと良い」
祐兵が言った。
冬の日差しが館を優しく照らしている。
新しい絆が、また一つ生まれた日だった。




