第四十七話 温酒と冬野菜の膳
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。あの作品で有名。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
冬の陽は短く、飫肥の町も夕暮れの色を帯びていた。
伊東祐兵と島津豊久が帰り道を歩いていると
路地の隅からか細い鳴き声が聞こえた。
「……猫か?」
覗いてみると
白黒の小さな猫が籠に足を取られ
身動きができずに震えていた。
「これはいかん」
祐兵はそっと籠を外し
豊久が抱き上げて温める。
「よく頑張ったな。怖かっただろう」
猫は弱々しく鳴き、二人に擦り寄った。
祐兵は懐から、魚の干物を取り出すと
「これでも食べなさい」
と小さく裂いて猫に差し出した。
猫は夢中で干物にかじりつき
やがて落ち着いたのか喉を鳴らした。
「よほど腹が減っておったのでしょう」
豊久が微笑むと、祐兵も目を細めた。
「命あるものには厳しい季節だからな」
猫を路地の暖かい日だまりへ置くと、二人は館へ向かった。
夕餉の支度に取り掛かると
冬野菜の香りが広がる。
蕪、大根、里芋、そして山から持ち帰った乾し茸。
「冬野菜は甘みが増して旨い」
祐兵が包丁を進め
豊久は囲炉裏で味噌を温めながら言った。
「ならば温酒をいただきますか……
今日は猫にもらった縁のおかげで
良き夜になりそうですな」
鍋が煮立つ頃、館の外では雪が静かに降り始めていた。
囲炉裏の火が赤々と燃え
湯気の向こうで冬野菜が柔らかく煮える。
祐兵は一口味見をすると
「うむ……野菜の甘みが出ておる。これは上出来だ」
豊久は温めた酒を盃に注ぎ
「寒い夜こそ、こうした膳が身に沁みますな」
と盃を差し出した。
二人は囲炉裏を囲み、静かに乾杯する。
そのとき、外から先ほどの猫が窓辺に来て
雪を背に丸くなっていた。
「おや……気に入られましたな、祐兵殿」
豊久の言葉に、祐兵も苦笑した。
猫は窓の下で小さく丸まり
二人が晩酌するのを眺めている。
「また干物が欲しいのかもしれませんぞ?」
豊久が冗談めかすと
祐兵はもう一枚の干物を炙りながら
「客人にはもてなしが必要だ」
と外に少しだけ置いてやった。
猫は尻尾を揺らし、嬉しそうにそれを食べ始めた。
鍋は冬野菜の旨味がすっかり溶け
温酒と共に体の芯から温まる。
「静かで、良い夜ですな」
「うむ。冬は厳しいが……こうして味わうものも多い」
外の雪は音もなく積もり
猫と二人の小さな団欒は
静かな冬の晩をやさしく照らしていた。




