第四十五話 雪原に咲く花
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。あの作品で有名。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
朝の山里は、しんと静まり返っていた。
昨夜の雪が一面を覆い
飫肥の谷は白銀の世界となっている。
伊東祐兵と島津豊久は
凍った空気を割るように雪原を歩いていた。
「祐兵殿、この静けさ……まるで時が止まったようですな」
「冬は、生の息を覆い隠す。しかし、消えるわけではない」
雪を踏むたび、わずかな音だけが響く。
そのとき、祐兵が足を止めた。
「豊久殿……あれを見よ」
雪の中に、小さな紅い点が灯っていた。
それは小さな花であった。
白銀の雪原のただ中に
ひっそりと咲く紅梅のような花が一輪。
「この寒さの中で……咲いておるのですか?」
豊久は膝をつき、指先でそっと雪を払った。
花は震えながらも
まるで陽の光を求めるかのように空を向いていた。
「命とは、かくも強きものか」
祐兵は思わず言葉を漏らす。
そのとき、一陣の風が吹き
雪が舞い上がった。
風の中に――どこか懐かしい笛の音が混じった。
「木乃葉天狗か……?」
笛の音は遠く近く揺れ
まるで花を祝福するようであった。
雪の向こうに金色の影が一瞬見えたが
すぐに風と共に消えてしまった。
「天狗殿は、この花のことを知っておるのかもしれぬな」
祐兵が呟く。
豊久は静かに花を見つめた。
「冬は厳しい。しかし、その厳しさに負けぬ命もある。
我らが今日、生きているのも……そんな命の力のおかげかもしれませぬ」
祐兵は頷き、懐から携えの小さな水筒を取り出す。
「この花が凍らぬよう、雪を寄せて守ってやろう」
二人は花の周りに小さな雪壁を作り
冷たい風が直接当たらぬようにそっと囲んだ。
「これで、もう少しは咲き続けられるだろう」
祐兵の声はどこか優しい。
豊久は立ち上がり、空を仰いだ。
雲の切れ間から一筋の陽が差し
その光がまるで花の上に降り注ぐように落ちた。
「祐兵殿……あれは天の祝福でしょうか」
「うむ。人も自然も、同じ空の下にある証だ」
二人はしばし花を見守り
やがて雪原を後にした。
背後で、花は静かに
しかし確かに輝いていた。




