第四十四話 冬月と影法師
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。あの作品で有名。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
その夜の月は
雲ひとつない空に冴え渡っていた。
飫肥の館の庭は雪に覆われ
伊東祐兵と島津豊久は
囲炉裏の火を背にして外へ出た。
「見事な冬月ですな。まるで氷を溶かすほどの光だ」
「寒さの中ほど、月は冴えるものだ」
二人が並んで立つと、雪の庭に長い影が伸びた。
その影が――ふと、月の光の揺らぎに合わせて
わずかに動いたように見えた。
「……豊久殿、いま、我らの影が……」
祐兵の声が、夜気に吸い込まれた。
二人の影は
まるで意思を持つようにゆらめいていた。
風もないのに、影法師はゆっくりと立ち上がる。
「まさか……これは幻か?」
豊久が息を呑むと、祐兵は微笑んだ。
「冬月の夜には、魂が影となって彷徨うと聞く。
我らの過ぎし日の姿が、今ここに立っておるのかもしれぬ」
影は互いに向かい合い、やがて剣を抜く仕草を見せた。
「戦の影か……」
祐兵は静かに手を合わせた。
「ならば、戦った自分たちに、礼を言おう。
おかげで今、こうして月を見ておるのだ」
影法師たちは一瞬
まぶしい月光の中で重なり合い
次の瞬間、ひとつの光に溶けていった。
その光の中に
木乃葉天狗の笛の音が微かに混じる。
「……天狗殿か?」
豊久が見上げると、遠くの空に『金の羽』がひとひら舞っていた。
「この夜は、現も幻も同じ。
月が照らせば、すべてが一つになるのだろう」
祐兵は静かに言い、雪の上に盃を置いた。
「この光に、過ぎし者たちの魂が安らぎますように」
二人は頭を下げ、月影の中に祈りを捧げた。
夜が更けると、風が少しずつ吹き始めた。
雪の上の影はもう動かず
ただ穏やかに横たわっている。
「祐兵殿……先ほどの影、確かに剣を交わしておりましたな」
「ああ。しかし、今はもう争いもない。
影もまた、光に溶けたのだろう」
祐兵の言葉に、豊久は微笑んだ。
「ならば、我らの影もまた、月と共に静かに生きておるのですな」
二人は館へ戻り、火鉢の前で温酒を酌み交わした。
外の雪は月に照らされ
まるで静かな海のように、どこまでも光っていた。




