第四十二話 川魚の鍋と語らい
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。あの作品で有名。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
夕闇が山の端に沈み
飫肥の里に灯がともり始めた。
伊東祐兵と島津豊久は
渓流で釣った魚を抱えて館へ戻った。
「今日の釣果は上々でしたな。見事なヤマメが揃いましたぞ」
豊久が笑うと、祐兵も頷いた。
「川の命をいただくのだ。丁重に煮てやらねばな」
囲炉裏の炭が赤く燃え
湯気が立ち始める。
祐兵は鍋に雪を入れ
味噌と山椒の葉を添えた。
「この香こそ、冬の川の恵みだ」
静かな音だけが、部屋を包んでいた。
やがて鍋が煮え、川魚の身がほぐれて白く輝いた。
「祐兵殿、これはまるで雪のような味ですな」
豊久が箸を運びながら笑う。
「流れに鍛えられた身は、余計な脂がない。清らかな味だ」
祐兵は盃に温酒を注ぎ、ゆっくりと口にした。
「戦の頃は、食うことにすら余裕がなかった。
今こうして味を確かめられるだけでも、幸せというものだ」
豊久は頷き
「戦に勝つより、腹を満たす方が尊いこともある」
と言った。
二人の間を、炭の香が穏やかに流れていた。
「祐兵殿、こうして思うのです。
戦があったからこそ、今の静けさを愛しく感じるのかもしれませんな」
豊久の言葉に、祐兵は静かに盃を置いた。
「痛みを知らぬ者は、安らぎの価値を知らぬ。
我らが得た平穏も、誰かの祈りの上にあるのだ」
そのとき、外から風が吹き、障子がかすかに鳴った。
「……まるで、山の友が聞いているようですな」
豊久の言葉に、祐兵は微笑んだ。
「木乃葉天狗も、きっとこの香を嗅いでおるだろう」
二人は笑い、盃を掲げた。
夜が更け、鍋の湯気が薄れていく。
祐兵は最後の一切れを取り分け、火の傍に置いた。
「これは山と川への礼だ」
豊久も盃を傾け
「命を食すとは、感謝を学ぶことですな」
と静かに言った。
外では雪が降り始め
白い世界が再び広がっていた。
「明日は凍る川に月が映るだろう。その時、また釣ろうか」
祐兵の言葉に、豊久は頷いた。
「はい、そしてまた鍋を囲みましょう」
二人の笑みの上に、雪の明かりがやわらかく射した。
夜は静かに、ゆっくりと更けていった。




