第四十一話 冬の渓流釣り
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。あの作品で有名。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
朝靄の残る谷に
渓流の音が響いていた。
伊東祐兵と島津豊久は
昨日見た滝の下流へと足を運んでいた。
「昨日の氷の滝も見事でしたが、今朝の川もまた美しい」
豊久の声に、祐兵が頷く。
「冬の川は冷たいが、流れは絶えぬ。命は水の底で息をしておる」
二人は氷を割りながら川辺へ下り、釣竿を構えた。
冷たい風の中、雪の粒が舞い
太陽の光が川面で砕けて
銀の鱗のように輝いていた。
「豊久殿、流れの陰を狙え。魚は寒さを避けて潜んでおる」
祐兵が囁くと、豊久は慎重に糸を垂らした。
やがて、細い竿がわずかにしなり――
「来ましたぞ!」
豊久が笑いながら引き上げると
銀白の魚が陽に照らされ、跳ねて水しぶきを上げた。
「見事なヤマメよ」
祐兵が受け取り、手早く籠へ入れる。
その手際はまるで剣技のように無駄がない。
「釣りもまた戦と同じく、心を澄ますことが肝要ですな」
「違いは一つ。こちらは、奪うためではなく、生を分かち合うためだ」
釣りを終えると、二人は河原で焚き火を起こした。
祐兵が釣った魚に塩をまぶし
竹串に刺して火のそばに立てる。
パチパチと脂が弾け、香ばしい匂いが漂った。
「うむ、この匂いだけで飯が三杯いけますな」
豊久が笑い、湯を沸かして温酒を作る。
「この静けさ……まるで山そのものが我らの客人ですな」
「そうだな。音は水、香りは火、そして味は命」
祐兵は焼けた魚を一口かじり
「冬の恵みとは、耐えた命の証でもある」
と呟いた。
雪が川面に落ち、音もなく消えた。
昼を過ぎ、陽光が谷を照らし始めた。
焚き火の煙が天へ昇り、風に溶けていく。
「祐兵殿、あの滝の氷も、いつかこうして解けてゆくのでしょうな」
「うむ。流れは止まらぬ。人もまた同じだ」
祐兵は竹竿をしまい、残った魚を包んだ。
「今宵はこれで鍋にしよう。山の香を添えてな」
豊久が頷き
「まこと、戦よりも豊かな日々です」
と微笑んだ。
二人は谷をあとにし、雪を踏みしめながら帰路につく。
振り返ると、川面が夕陽を映し
まるで金の糸が流れるように輝いていた。




