第三十九話 山鳥の鍋と語らい
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。あの作品で有名。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
夕暮れの飫肥の里は、橙の光に包まれていた。
狩りを終えた伊東祐兵と島津豊久は
山から持ち帰った山鳥を抱え、館へ戻ってきた。
「今日の獲物は見事でしたな。雪の中を駆けるあの姿、まるで風の化身のようでした」
「風を断たずに矢を放つ。あれが肝要よ」
祐兵は鳥の羽を丁寧に落としながら笑う。
囲炉裏の炭がぱちりと音を立て
部屋の空気が温まっていく。
「さて、今度は本格的な鍋に仕立てよう。冬の味というやつだ。」
鍋に湯を張り、味噌と酒を加えると
ふわりと香ばしい匂いが立った。
祐兵は山鳥の肉を切り分け、葱と大根を添える。
「豊久殿、これもまた戦の心得と似ておる」
「と申されますと?」
「どんな獲物も、火加減ひとつで味が変わる。
人もまた、心の温度を誤れば、道を違える」
豊久は笑い
「祐兵殿の言葉は、味噌よりも深い」
と言って盃を掲げた。
外では風が強まり、雪が障子にあたる。
だが囲炉裏の火は揺るがず
二人の間に穏やかな光を灯していた。
やがて鍋が煮え、湯気が立ちこめる。
祐兵が一口味見をして、頷いた。
「山の脂、味噌の香、そして寒さ……すべてが調和しておる」
豊久は箸を取り
「山鳥はこうして食すと、まるで春を待つ力が湧いてきますな」
と笑った。
盃を重ねるうち、話は昔の戦や旅の記憶へと移る。
「剣で交わした縁が、今はこうして酒で結ばれるとは」
「戦の終わりこそ、人の始まりですな」
二人は黙って湯気を見つめた。
その湯気は、まるで時を超えて昇る魂のように揺らめいていた。
夜が更け、鍋の残り汁がわずかに湯気を立てていた。
祐兵は炭を整え、最後の酒を注いだ。
「豊久殿、冬は寒くとも、この囲炉裏があれば心は凍えぬな」
「ええ。雪の外より、この火の中にこそ、真の強さがございます」
風が一度だけ障子を揺らし、静かに止んだ。
祐兵は鍋の香を吸い込み
「この味を、春まで覚えておこう」
と微笑んだ。
豊久は頷き
「春になれば、また新たな獲物と語らいが待っておりますな」
囲炉裏の火がやさしく揺れ
二人の笑みを金色に照らしていた。




