第三十七話 冬籠りと温酒
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。あの作品で有名。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
飫肥の山々は白く霞み、風が屋根を鳴らしていた。
伊東祐兵は囲炉裏の前で鉄瓶を温め
傍らでは島津豊久が薪をくべていた。
「祐兵殿、こうして籠る夜もまた、戦場とは違う静けさがございますな」
「うむ。外は荒れても、火の前では心が穏やかになる」
湯気が立ちのぼり、徳利の中で温酒が香る。
「今宵はこの酒に合わせて、鴨鍋といこう」
祐兵は鍋の蓋を開け、山で仕留めた鴨の香ばしい香りを漂わせた。
「おお、これは見事な香り! 鴨の脂が湯に溶けて、まるで金色ですな」
豊久が目を輝かせる。
「山の恵みは、寒さが深いほど旨くなる」
祐兵が盃を差し出すと、豊久が受けて笑う。
「祐兵殿はまこと、戦も料理も妙手でございますな」
「剣も包丁も、心を整える道具だ。違いはない」
二人は笑い、湯気の向こうで盃を重ねた。
外では雪が音もなく降り続き、
屋根の端に積もった白が
火の光に反射して淡く輝いていた。
「……しかし、こうして囲炉裏を囲んでおると、
戦の頃には考えもしなかった平穏ですな」
豊久の声に、祐兵は少し遠い目をした。
「戦の時代が終わっても、心に残る火種は消えぬ。
だが、それを温めるのがこうした夜なのだ」
豊久は盃を傾け、静かに頷いた。
「火は燃えすぎれば人を焼き、絶えれば凍える。
人の心もまた、程よい温もりが肝要ですな」
「まことその通りだ」
二人は笑い、火の粉が小さく弾ける音を聞いた。
やがて鍋が空になり
囲炉裏の炭が赤く沈んでいった。
祐兵は鉄瓶の湯を注ぎ、最後の一盃を温め直す。
「豊久殿、今夜の酒は格別だな」
「はい。寒さも忘れるほどの味でございます」
障子の外では、風がやみ、雪の匂いが微かに漂っていた。
「こうして冬を越え、また春を迎える。
そのたびに、我らは人の営みを学ぶのだろう」
祐兵の言葉に、豊久は静かに笑う。
二人の盃が再び重なり、囲炉裏の火が優しく揺れた。
その光は、夜更けの雪を金色に染めていた。




