第三十六話 雪明かりの里訪ね
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。あの作品で有名。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
夜半に降った雪が町を白く包み
朝の飫肥は静かな光に満ちていた。
伊東祐兵と島津豊久は
雪を踏みしめながら城下へと歩いていた。
「祐兵殿、雪の中を歩くと音が吸い込まれるようですな」
「うむ、まるで町そのものが息を潜めておるようだ」
通りには、子供たちが雪玉を転がし
小さな雪だるまを作っていた。
「お殿様! 雪の兜を見てください!」
祐兵は微笑み
「立派な兜だな。戦わずとも強くなれるぞ」と声をかけた。
市場の軒先では、女たちが凍えた手を擦りながら店を開いていた。
豊久が炭を買い
「これを火鉢に入れて温まるが良い」と差し出す。
「まあ、ありがとうございます!」
その笑顔に、豊久は少し照れたように笑う。
祐兵は近くの飴屋で子供たちに飴玉を買ってやり、
「寒さは甘さで忘れるものだ」と冗談を言った。
「お殿様でも洒落を言うんですね!」と子供らは笑い転げた。
城下の人々の笑顔に包まれ
二人の胸にもゆるやかな温もりが灯っていった。
そのとき、白い羽のような雪片がひとひら、祐兵の肩に舞い落ちた。
豊久が目を細め
「祐兵殿……あの香、覚えておられますか?」
かすかに森の香が混じる風が吹く。
「木乃葉天狗の贈りし木の葉の香……」
祐兵はそっと空を見上げた。
雪雲の向こうに
鳥のような影が一瞬、輪を描いた。
「山の友も、この町を見守っておるのかもしれぬ」
豊久は頷き
「人も天狗も、寒さの中に温もりを求めて生きておるのですな」とつぶやいた。
雪の降る音が、まるで返事のように静かに響いた。
夕刻、二人は城下の端にある灯籠の並ぶ道を歩いた。
雪明かりが灯籠の光を反射し、足元が金色に揺れる。
「今日ほど、人の笑いが嬉しい日はないな」
祐兵の言葉に、豊久が頷いた。
「戦では得られぬぬくもり……これぞ我らが守るものですな」
そのとき、一陣の風が吹き
遠くで笛の音が微かに聞こえた。
「……木乃葉天狗か」
祐兵は微笑み、空を仰いだ。
雪と光が混じりあい
町全体がひとつの灯籠のように輝いていた。
冬の夜は、静かに、温かく更けていった。




