第三十四話 木乃葉天狗の再来
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。あの作品で有名。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
飫肥の町に、冷たい北風が吹いていた。
伊東祐兵と島津豊久は
城下の商人通りを歩いていた。
「冬の市は賑やかですな。干し柿に炭、そして新しい木桶まで」
「人の暮らしは寒いほど温かいものだ」
そう話していると、向こうの八百屋で騒ぎが起きた。
「こら!その者、何者だ!」
人だかりの中に――羽を畳んだ奇妙な姿の影。
鼻は高く、羽のような外套をまとい
手には大きな大根を抱えて立ち尽くしていた。
「……まさか」
祐兵が目を細めると、豊久が笑い出した。
「祐兵殿、あれは天狗殿ではありませぬか!」
「ほ、ほう……これが“買い物”というやつか?」
木乃葉天狗は真面目な顔で言った。
「人の暮らしを学べと山の長に申され、炭と野菜を求めに来たのだが、銭の使い方がわからぬ」
八百屋の主人は呆れつつも笑い
「代金は祐兵様から頂きます」
と言った。
祐兵は苦笑し
「山の神にも生活の知恵が要るか」
とつぶやいた。
豊久は肩を叩き
「まずは財布を教えて差し上げましょう!」
と声を上げた。
その後、三人は茶店に腰を下ろした。
天狗は湯気の立つ甘酒を見つめ
「これが人の冬の力か」
と感心している。
「山では風を飲むが、町ではこれを飲むのか」
豊久が笑い
「風は吹くだけでございます」
と突っ込む。
祐兵は静かに言った。
「天狗殿、こうして人の営みを知るのも悪くないだろう」
「うむ、だが人の心は複雑だ。笑いながらも、どこか寒い」
その言葉に祐兵は目を細めた。
「だからこそ、火を囲み、酒を酌み交わすのだ。人の温もりは、作るものだ」
天狗は小さく頷き、湯気の中で羽を震わせた。
別れ際、天狗は懐から一枚の木の葉を取り出した。
「これは山の香を宿した葉。炉にくべれば、心の寒さが和らぐ」
祐兵が受け取ると、香ばしい森の匂いが立ちのぼった。
「町も山も、同じ空の下にある。互いを忘れぬことだ」
そう言い残し、天狗は風のように去っていった。
「祐兵殿、あの天狗、ずいぶん人間らしくなりましたな」
「学びとは、どこにあっても得るものだ」
二人は茶屋を出て、雪の降りしきる通りを歩いた。
風の匂いの中に、確かに森の気配が残っていた。




