第三十三話 木の葉舞う夜
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。あの作品で有名。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
晩秋の飫肥は、霧深い夜を迎えていた。
伊東祐兵と島津豊久は
山里の見回りを終えて帰る途中だった。
その時、谷の向こうから奇妙な羽音が響いた。
「祐兵殿……聞こえましたか?」
「うむ、風にしては重い音だ」
次の瞬間、金色の木の葉が一斉に舞い上がり
そこに一羽の影が現れた。
翼は広く、まるでトビのよう。
人の顔をもち、鋭い嘴を備えたその存在が
月光の中に浮かび上がった。
「我を見たな、人の子よ」
低い声が響いた。
二人が見つめる中、その影はゆらりと降り立った。
羽毛は薄茶に染まり
風に木の葉を散らすたび姿がぼやける。
「拙者は木乃葉天狗と申す。昔は山を守る白狼であったが、齢を重ね、この姿となった」
その声には、どこか寂しげな響きがあった。
「狼が……天狗に?」
祐兵が問うと、天狗は頷いた。
「山に棲む者も老いれば変わる。だが、今は誰にも山の声が聞かぬ」
豊久は真剣な眼差しで言った。
「人もまた、耳を失いつつあるのですな。」
木の葉天狗は翼を広げ
月光を浴びながら静かに語った。
「我ら下天狗は、強き天狗のような術はない。だが風を呼び、木々の息を読むことはできる」
そして一枚の葉を取り、吹くとそれが光を放った。
「人の心が濁ると、この光は消える」
豊久が興味深げに光る葉を覗き込み、問うた。
「ならば我らの心は、まだ灯っておりますかな?」
天狗は微笑しながら、答えた。
「戦を忘れ、風を聴く者には、いつでも灯は宿る」
祐兵は静かに頭を下げた。
「木の葉天狗よ、その光、我らの胸に刻もう。」
夜が更け、霧が薄れはじめた。
木の葉天狗は翼を広げ、風に乗る。
「再びこの地に雪が降る頃、また来よう。その時まで、人の心を忘れるでないぞ」
そう言い残し、木の葉の渦となって消えた。
ただ一枚の葉だけが、祐兵の肩に舞い落ちた。
それは淡く光り、すぐに消えた。
「祐兵殿、今のは夢でございましょうか?」
「いや、山の精は夢よりも確かだ」
祐兵は夜空を見上げた。
星のまたたく彼方で、鳥の影がひとつ
静かに輪を描いていた。




