第三十二話 初雪の朝
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。あの作品で有名。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
その朝、飫肥の町は白く煙っていた。
屋根にも庭にも、薄く雪が積もっている。
伊東祐兵は障子を開け、静かに息をのんだ。
「……初雪か」
外の空気は凍るように澄んでおり、音ひとつしない。
そこへ島津豊久が駆け込んできた。
「祐兵殿、雪ですぞ!」
頬を赤らめ、子供のように笑っている。
「戦も忘れるほどの景色ですな!」
「雪は争いを鎮める。白とは、すべてを包む色だからな」
祐兵は苦笑し、呟いた。
庭に出ると、竹の葉に積もった雪が静かに落ちた。
二人は足跡をつけながら歩く。
「音が吸い込まれていくようですな」
「雪の日は、心まで静まるものだ」
祐兵は雪をすくい上げ、掌で形を整えた。
「おや、それは?」
「城下の子らが作っておった『雪玉』というものだ」
豊久が笑い、「ならば私も一つ」と手のひらで転がす。
「ほう、なかなか器用だな」
「戦場で鍛えた手先です!」
雪の冷たさの中にも
どこか温かな笑い声が響いた。
ふと、祐兵が雪の中に足を止めた。
「見よ、梅の枝に雪が咲いておる」
「白き花のようですな」
豊久が見上げ、感嘆する。
「雪も花も、いずれ散る。しかし散ることを恐れぬ美がある」
「だからこそ、今を大切に生きねばなりませぬな」
その言葉に豊久は頷いた。
静寂の中、風が一筋吹き、枝の雪が舞い落ちた。
「ほら、まるで天からの祝福ですぞ!」
豊久の言葉に祐兵は微笑み、小さく呟いた。
「飫肥の冬も、悪くないな」
屋敷へ戻ると、火鉢の炭がまだ赤く灯っていた。
祐兵は茶を温め、湯気を見つめながら言う。
「初雪の日に、こうして笑えるのは幸いだ」
「ええ、雪が降るたび、この朝を思い出すことでしょう」
豊久は盃を手に取り、火のそばで静かに息をついた。
外では雪が止み、青い空がのぞき始めている。
「春は遠いようで、すでにこの雪の中に息づいている」
祐兵の言葉に豊久は頷いた。
「では春を待ちながら、もう一盃」
冬の光が障子を照らし、二人の影を白く包んでいた。




