第三十一話 火鉢と猫
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。あの作品で有名。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
冬の気配が漂い始めた飫肥の朝。
庭の柿の葉はすべて落ち
空気は凛として澄んでいた。
伊東祐兵は書院で火鉢に炭を入れ、手をかざしていた。
「おお、これぞ冬の友ですな!」
島津豊久が鼻を赤くして入ってくる。
「囲炉裏も良いが、火鉢は手元に季節があるようで好きだ」
祐兵は静かに微笑み、炭を転がした。
その時、庭の隅から一匹の猫が現れ
火鉢の前にちょこんと座った。
白い毛並みが炭の赤に照らされ
まるで雪のように輝いていた。
「おや、この猫はどこから来たのでしょうな?」
「見覚えはないな。だが寒さを避けて来たのだろう」
祐兵は懐から干し魚を取り出し、猫の前に置いた。
猫は一瞬ためらい、やがてそっと口をつけた。
「ほう、なかなかの客人ですな」
豊久が笑う。
猫は食べ終えると、火鉢の脇に丸くなり、喉を鳴らした。
「こうして見ると、まるで小さなこたつ番のようですな」
「人も猫も、温もりを求める心は同じだ」
二人は穏やかに笑い、火の音と猫の寝息に耳を澄ませた。
しばらくして、猫が祐兵の膝の上に飛び乗った。
「おっと、これは光栄なことだ」
「祐兵殿、猫にも好かれるとは、まさに仁徳の人!」
豊久の冗談に、祐兵は苦笑いを浮かべる。
猫は丸くなり、すぐに眠ってしまった。
「この穏やかさ……戦場の喧騒とはまるで別の世ですな」
「平穏とは、こうした一瞬を味わうことだろう」
祐兵は猫の背を撫でながらつぶやく。
「火と命は似ておる。燃やしすぎず、絶やさずに守るものだ」
豊久は深く頷き、盃に温茶を注いだ。
夕暮れ、炭の火が静かに小さくなっていく。
猫はいつの間にか起き上がり
庭の方を見つめていた。
「帰るのか?」
祐兵の言葉に猫は一度だけ振り返り
やがて外へと歩き出した。
「まるで風のような客でしたな」
「また寒い夜に戻ってくるだろう」
「その時は酒でも用意しておきますか」
豊久は笑い、冗談を言った。
「いや、煮干しの方が好まれよう」
祐兵も笑いながら呟いた。
火鉢の灰の中で、小さな赤が静かに灯り続けていた。
外は冬の気配に包まれ
夜の星が冴えわたっていた。




