第二十六話 紅葉と和歌
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。あの作品で有名。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
秋もいよいよ深まり
飫肥の山々は紅に染まっていた。
伊東祐兵は庭先で紅葉を見上げながら筆を走らせていた。
「祐兵殿、何を書いておられるのです?」
島津豊久が栗の入った籠を手に現れる。
「明日の和歌会の下書きだ。紅葉狩りとともに催すことになってな」
「ほう、風流ですな! では私も一句詠みましょう!」
祐兵は微笑んだ。
「豊久殿の和歌は……たしか『槍の心』でしたな」
「詩にも武の魂は宿るのですぞ!」
二人の笑い声が秋風に溶けた。
翌日、城下近くの渓谷で紅葉狩りが開かれた。
木々は真紅と金に染まり
川面には散り紅葉が揺れている。
祐兵と豊久も、文人や町人に交じって座した。
「この景色を前にすると、言葉が追いつきませぬな」
「心で詠めばよい。技巧よりも真が大事だ」
祐兵は筆をとり、さらさらと和歌を書いた。
『山風に 染まりし枝の 揺らぐ間に
ひととき映る 世の安らぎを』
「見事ですな!」
豊久は覗き込み、感嘆の声を上げた。
「では私も詠んでみましょう!」
豊久が胸を張る。
『赤き葉は 戦の血にも 似たれども
いまは静かに 風と舞いたり』
祐兵は一瞬目を見張り、それから微笑んだ。
「豊久殿、立派な歌だ。戦の記憶を越えて、今を詠んでおる」
「いえ、祐兵殿と過ごすうちに、心が柔らかくなったのです」
周囲の者たちも拍手を送った。
紅葉が風に散り、川面に流れゆく。
その一葉が、まるで祐兵と豊久の絆を象徴するかのように光っていた。
日が傾き、紅葉は夕陽に照らされて燃えるようだった。
祐兵は盃を手に、静かに呟く。
「豊久殿、歌は心を映す鏡だな」
「ええ。今日の紅葉を見ていると、命もまたこうして美しく散るのかと思えます」
「散るからこそ、今を輝かせる」
祐兵は杯を掲げ、豊久もそれに倣った。
二人の影が紅葉の絨毯に長く伸びる。
「来年も、また詩を詠もう」
「ああ、同じ空の下で」
秋の終わりを告げる風が
二人の言葉をやさしく運んでいった。




